第4話 (おばぁちゃん、おばぁーちゃんっ!)




  ◇◇◇◇◇



 ――○○線 車内



「おはよう……ございます! 今日は降り口を間違えちゃ、……“めっ!”……ですよ?」



 はい……。タメ口はやっぱり照れ照れからの、『めっ!』頂きました。可愛いです、はい。もう大好きです……って、んなわけあるか……。



「「…………」」



 お決まりの沈黙ゾーンに入った俺たち……もとい、俺。さっきの「めっ!」はわざとだったのか、熟れたりんご並に真っ赤になっている美女幽霊はボソボソッと何やら呟いているが、電車に掻き消される。



 俺はスッと忘れていたイヤフォンを装着し、《完全無視》を決め込む。


 正直、問題は山積みと言っていい。


 昨日の「服の裾チョコんッ」でわかるように、幽霊にも色んなタイプがいるのは皆も知っていると思う。(※知るか、ばか)


 幽霊同士でも見えないタイプや、幽霊同士見えるタイプ。生者には触れないけど幽霊には触れるタイプや、両方とも触れないタイプ。


 話せたり話せなかったりもその幽霊ごとに違う。



 ……俺は幽霊をランク付けしている。




  ▽▽▽▽▽


Dランク:幽霊同士でも見えない、触れない。

よく見る「奇行タイプ」。


Cランク:幽霊同士は見えるけど、触れない。

奇行をバカにして笑っている「野次馬タイプ」。


Bランク:幽霊同士に見えているし、触れる、喋れる。

幽霊を従えてやるぜと勘違いしている「中2タイプ」。


Aランク:幽霊同士は見えて触れて喋れて、生者に触れる。

基本的に生者の時の記憶を持つ「未練タイプ」。


Sランク:幽霊は見えない触れないが生者と喋れる触れる。

語るまでもなく『悪霊』。


  △△△△△



 おおまかに分けると、こんなところだ。

 ……ってのは嘘だ。今なんか、適当に考えた。ごめん。


 とはいえ、個体事でできることとできない事の差異はあれど、長年幽霊と過ごしてきた俺のランク付けはなかなかのデータ量から導き出されている。


 もちろん、生者に干渉してくることで危険度は跳ね上がる。何を隠そう、俺が呪われた時の悪霊がSランクなのだ。……あれ以来、会ったことのない希少種なのだが……。


 今、隣で赤くなっている美女幽霊こそが、『悪霊』なのだ。



(……うん。泣くよね。怖いよね……)



 俺はスマホを取り出し、ボリュームを最大に……。

 音漏れはマナー違反と知りつつも、音漏れMAXで祖母が唱えているお経を流し始めた。



(成仏して下さい。成仏して下さい……)



 俺も心の中で必死に祈りながら、片腕に3つずつに増えた数珠に命を託す。



 ガタンッゴトンッ、ガタンッゴトンッ……



(♪♪ア、ジャラカモクレン、テケレッツノォオ……♪♪)



 電車の音が掻き消されるが如くの、祖母の美声……。落語が好きだった祖母。呪文に深い意味はないらしいが、なんかニュアンスは違う気がする。


 とはいえ、俺のためにボイスメモを残してくれた祖母のお経で祓ってもらおう……。



「「…………」」



 俺は全く読んでいない『人間失格』のページを巡りながら、全神経を美女幽霊に傾けていたが……、



 スッ……



 あろう事か、彼女は音漏れに聞こうと身体を寄せて来た。


(あっ。やぁかいねぇ……)


 俺は美女幽霊の肩が柔らかいことに100のダメージを、フワリと香ったシャンプーの香りに300のダメージを受けたが、この行為は幽霊にとって自殺に等しい行為……。



(……か、勝ったぁぁっ!!)



 気を抜けば悪い顔で頬を緩めてしまいそうな俺だが、ちょうどお経が終わり、勝ち誇っていた俺の鼓膜には信じられない言葉が聞こえてくる。



「……ふふっ。コレ、なんだろう? 有名な曲なのかなぁ……? 聞いた事ないや……」



 美女幽霊はキョトンと首を傾げると数秒の後、顔を真っ赤にしてアワアワと元の位置に座り直した。


 もう一度再生したいが、スマホを操作できない。

 いや、まあ……、できるはずがない。


 電車の音がなければ、数珠がカチカチと音を立てるくらいには手が震えているのだ。身動きが取れるはずがない。


(ダ、ダメージゼロだと……?)


 希望はいつも絶望を連れてくる。

 希望を持つから絶望するのだと、何かで読んだ。



「……変わった曲だけど……。うぅーん……」



 美女幽霊は「じゃらかもく 歌」で検索を始める始末。



(おばーちゃん、おばあちゃんっ!!)



 中学の時に音楽の授業で聞いた覚えのある『魔王』のリズムで祖母に助けを求めたとて、祖母は他界しており、きっと天国にいる。



「……? どれだろ……。“アジャラカ”……? 落語? “死神”……? ん? 落語だったのかな……?」


(おばあちゃん、おばーちゃんっ)


「……私も聞いてみようかな」


(おばあちゃん、おばーちゃんっ!!)


「うん。趣味が合えば、もっと仲良くなれるよね!」


(おばあちゃん、おばあちゃん、おばあちゃん!!)


 ついには、ただただ祖母を呼ぶだけに成り果てた俺。イヤフォンは外していないし、俺に喋っているわけじゃないんだろうけど……、いやはや、人外は独り言が多いっ!!



 思った事、全部喋ってる。

 いや、まあ、声だけで可愛いけどもぉお!!

 今すぐにそのコロコロかわる表情を楽しみたいけどぉ!



 ――△△駅〜△△駅〜……お出口は……



 気の抜けたアナウンスに立ち上がる。

 一刻も早く逃げ出したい俺は、トイレを我慢しているテイで停車する前に席を立った。


「え、あっ、待って、」


 美女幽霊は落語のYou○ubeを見ていたらしく、慌ててイヤフォンを外しながらアセアセしている。


 だが、待ってられない。


 文字通り「必殺」を叩き込んでも、1ミリもダメージを与えられなかったSランク幽霊を俺が相手にできるはずもない。



 って、そんな事より……、


(なんで電車内で逆立ちしてんだ、コイツ! 早く成仏しなさい! 危ないからッ!)


 ザ・オタクと言ったような漫画でしか見たことのないオタクの「無表情逆立ち」の幽霊を心配しながら、扉が開くのを待っているが……、




 カンッ……



 後ろから何かが落ちる音。



「あっ、ちょ、」



 ガタンッと少し乱暴に止まった電車に、



「きゃあっ……」



 小さな悲鳴に「ん?」と眉を顰めた。


 もしかしてお経が効いていて、何かしらの作用が……?


 気になりすぎるが不自然に振り返る事はできない。


 本来なら完全無視を続行する俺だが、祖母のお経が有効なのかどうかの実験結果が後ろにはある。


(……あ。ぁあ、クソ!! 見るぞ!!)


 俺はいついかなる時も幽霊に視線が悟られないよう、前髪を長くして伊達メガネをかけているのだ。


 チラリと確認するくらい、軽くやってのける……さ……。




「いててて……」




(グハッ!!!!)



 端的に言えば、俺は10000のダメージを受けた。


 そこには尻もちをついている美女幽霊。少し乱れたスカートの中には、そりゃあ、おパンツはあるのだろう。


 そのおパンツ、いや、見るからにシルクを感じさせる淡い水色のおパンティーの前には、Bluetoothイヤホンがころりんこ。


 綺麗な太ももは傷一つなく、すべすべだ。

 見ているだけでリアルな質感。

 触れるならば、もう呪われてもいい。

 


(あ、ありがとぉおございまぁあす!!)



 プシュ〜……



 電車の扉が開く音にハッと我に帰った俺は、そそくさと電車を降りてトイレに向かった。



 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ!!!!



(お、お、おおお、お、おパンツを、いや、おパンティーを見てしまった!!)



「え、あっ……、ちょ、せ、清明(セイメイ)君!」



 小走りで駆け寄ってくる美女幽霊。


 俺は、美女幽霊のパンツ……もとい、普通の幽霊たちのおっぱいやお尻を生で見てもなんとも思わない。もう見慣れてしまっているから、ちょっと興奮するくらいだ。


 それなのに、尋常ではないほど顔に熱を感じていた。


 不自然すぎる紅潮を見られるわけにはいかず、(ナムナムナァアム!!)とトイレに駆け込んだ。



 この幽霊は悪魔だ。

 サキュバスとかそっちのタイプのヤツかもしれない。





   ※※※※※



「今日、変だったなぁ……清明君。……うぅーん。清明君は優しいから、転んだ時手を伸ばしてくれるかなって思ったんだけど……」



 今まさに尻もちをついた時と同様の体制で深くため息を吐いていたエリー。



 バタンッ!!


 扉が開く音に顔を上げれば、「『めっ!』は最強だから!」と自信満々だった蘭と目が合う。



「おっはよー! 今日は寝坊しちゃって……、おっ。ふむふむ……今日は水色ですな?」


 蘭はニヤリと笑ってパンツを見つめる。

 一瞬キョトンと小首を傾げたエリーは全ての辻褄が合い、ブワッと顔を赤くさせた。



(み、見えちゃってたんだ!! うっ、うぅうう!! だから清明君は見ないようにしてくれて……。って……、は、恥ずかしいッ!! 私のばかぁあ!!)



 勢いよく赤い顔をガバッと覆い、涙を浮かべるエリー。


「ら、蘭ちゃん! “めっ!”って言っても無反応だったよ! また変な女って思われたじゃん! 嘘つき!」


 蘭に文句を言いながら、(えっ、今日のパンツどんなのだっけ? ちゃんと可愛いの履いてるよね!?)と、さらに顔を赤くさせた。



 

 


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