第2話 〜私の好きな人〜



  ◇◇◇【side:エリー】




「はぁ〜……今日も喋ってくれなかったなぁ。清明(セイメイ)君……」


 私の通っている蓮華(れんか)女子高等学校の正門付近にある弓道部の部室に入り、“前の学校”の制服を脱ぎながら大きなため息を吐いた。


「“エリー”! 相変わらず、細いのにいい身体してるねぇ!」


 この女子校に転入して初めてできた友達の“蘭ちゃん”はすでに弓道着姿で、着替えている私の胸をモニュンッと後ろから掴んでくる。


「ちょ、ちょっと、蘭ちゃん。やめてよ!」


「この弾力はくせになるです、はい!」


「やめてってば、んっ、こらぁ、蘭ちゃん!!」


「ふふっ、ごめんごめん。で? どうよ? エリーの“王子様”は? イチコロだったでしょ?」


 イチコロなんて嘘ばっかりだ。

 つい先ほどの失態を思い出して泣きたくなっちゃう。


「……もう蘭ちゃんの言う事は聞かないから! シャツをパタパタしてもチラッとも見てくれなかったよ! 私が余計変な汗掻いて、臭くないか心配になっただけ!!」


「……マ、マジ? それ、本当に男の人? エリーが汗を拭いながらパタパタしても無反応ってやばくない?」


「清明君は紳士なんだよ。もぉ〜……絶対変なヤツって思われてる」


「変なヤツもなにも、1ヶ月経ってもエリーを思い出せないって、まさか……男の人が好きなんじゃ……?」


「……えっ、いやいや……えっ、いや、私の努力が足りてないだけだよ! きっと清明君は助けてるのが当たり前と思ってるからいろんな子を助けて、いちいち覚えてないのかも……。うん。きっとそうだよ。……清明君、モテて大変だよね? どうしよう……。このままじゃダメだぁ〜……」


「……いやいや、痴漢から助けた子を忘れたりするかな?」


「だから当たり前なんだよ、清明君にとっては!! ……う、うぅ……かっこいいよぉ!!」


 私が「でも、無視されるの辛いよぉ……」と嘆けば、蘭ちゃんは少し苦笑して、パチンッと手を叩く。


「エリーなら大丈夫だって! エリーはめっちゃくちゃ可愛いから!」


「うぅ〜ん……。蘭ちゃんの方が綺麗じゃん。背も高くてスタイルいいし、黙ってると美人さんなのに、笑うとかわいいし……」


「……え、あ、うん。それはありがと。やばい。普通に嬉しい。ごめん! でも、誰がどう見てもエリーの方が可愛いから!」


 蘭ちゃんは顔を真っ赤にさせるけど、それが余計可愛くて、言葉に説得力がない。


「……清明君、取らないでね? 絶対! 出会っちゃダメだよ?」


「もっと自信持ちなって! あっ。じゃあさ! 耳が聞こえないとかは? エリーが話しかけても無視し続けるなんて、理由があるってば!」


「……うぅーん。耳は聞こえてると思う。音楽もよく聞いてるし、それはないと思うんだけど……」


「普通はエリーみたいに可愛い子が話しかけて来たら、ウハウハなはずなんだけどなぁ〜……」


「可愛くないよぉ〜……。瞳だって青いし、身長だって低いし、いっぱい食べてるのにガリガリだし、」


 モニュンッ……


「このおっぱいで、嫌味かぁあ!!」


「や、やめてってば、蘭ちゃん!!」



 キーンコーンカーンコーン……



 チャイムの音にピタッと手を離す蘭ちゃん。


「よ、よし。とりあえず、また作戦会議しよ! 今は練習するよ!」


「うん……」


 私は弓道着に着替えると、髪を後ろで一つにまとめて弓道場へと足を進めた。





    ※※※※※



 清明君と初めて会ったのは、初めての朝の満員電車。

 北海道の田舎から、パパの都合で都内に出て来た私は、あまりの人の多さに酔い、気分が悪くなっているにも関わらず痴漢に遭った。


 気持ち悪い手と、あまりの恐怖で涙が止まらなかった。

 声を上げる事も出来ずに泣く事しかできなかった私を助けてくれたのが清明君だったのだ。



 ――あぁー……勘弁してくれ。朝から気分が悪い……。



 清明君はポツリと呟き、ずっと私の後ろに立ってくれていた。助けた私に声をかける事もせず、当たり前のように守ってくれた。(※満員電車+幽霊過多で圧死しそうだっただけ)


 重い前髪に黒縁の眼鏡で顔はわからなかったけど、背が高くてきっちりと制服を着ている真面目な人。(※幽霊と目を合わせないための措置+ただの根暗)

 

 「もう電車なんか乗れないよ」と泣いていた私を助けてくれた大恩人が清明君だ。


 女子校の最寄駅に到着すると一緒に降り、お礼を言わなきゃと声をかけようとしたけど、うまく声が出せない私を他所にスタスタと去っていってしまった。 


(きっと、私に声をかける事で、私が痴漢に遭った事を誰かにバレるかもしれないと気遣ってくれたんだ……)


 私はその不器用な優しさに涙が止まらなかった。(※そんなわけない)


 友達も1人もいない見知らぬ場所。

 私は初めての街で、初めての通学で、初めての痴漢から救われた。清明君に出会わなければ、私は東京が冷たく怖い場所だと、家から出られなくなっていたかもしれない。



 人生最悪の日に、人生最高の出会いをした。(※エリーだけです)



 助けてくれた人が目の前の男子校の制服だと気がつき、お礼だけでも言おうと入り口で待ってたけど、色んな怖い人に声をかけられるばかりで、結局言えなかった。


 もう会えないかもしれないけど、また会えたならしっかりとお礼を言わなきゃと心に決めた。


 だって、もうあの電車に乗る勇気はない。

 明日からはもっと早い電車で通学するしかない。



 でも次の日、私は清明君との出会いは運命だったと知る。昨日よりも随分と早い電車。通学の学生なんて部活をしている人くらいのガラガラな電車。



(この人、昨日、助けてくれた人だ!)(※清明(きよあき)もコリゴリでした)



 チラリと視線が合い、お互いが少し目を見開く。

 なんだかとても恥ずかしくて、元より人見知りな私は当たり前にパニックになった。


 また会えた喜びに涙が浮かび、お礼を言わなきゃと近いたはいいが、読書に夢中な様子に声をかけられず、ペコっとお辞儀してから隣に座った。(※幽霊だと思われてます)


 今か、今かとタイミングを伺いながらも、一切視線を合わせてくれない清明君にただついて行くという奇行となってしまった。(※幽霊だと思われてます)



(謝らなきゃ、いや、その前にお礼を言わなきゃ!)



 なんとも言えない使命感に駆られた私は、毎朝のように清明君の隣に座り、読書が終わるタイミングを伺う。イヤフォンを外すタイミングを伺う。


 ついには2週間、一言も話す事ができず、自分のポンコツぶりに泣きたくなる……わけではなく、隣に座り朝のひと時を一緒に過ごす。(※清明(きよあき)はビビって震えてます)


 会話こそないが、清明君の心地よい雰囲気を感じられる事が嬉しくて仕方がなかった。(※たいがいヤバい女でした)


 長く重い前髪。

 黒縁の眼鏡。


 その奥にある静かな夜のような綺麗な瞳に心が奪われた。怖い人が多い男子校の制服なのにキチッとボタンをしめているところも素敵。


 パッと見た印象は静かで大人しそう。

 でも痴漢に立ち向かう勇気もあって、身長が高くて……。(※そんな事実はありません!)


 ちなみに、なぜ名前を知っているのかと言えば、いつも使っている本の栞に、子供の字で『清明』と書かれていたから。昔から使っているんだろうなと頬が緩む。


 ものを大切に使っているところも好感が持てる。というより、私はなす術もなく清明君に惹かれた。



 ――なんだか恋人同士みたい……。



 初めての言葉は心の中の言葉。「あっ……」と気持ち悪すぎる自分の顔から血の気が引いたが、清明君は変わらず穏やかな雰囲気のまま。(※ナムナム唱えてます)



 このタイミングを逃す手はない!と、


 ――あの、ありがとうございました……。すみませんでした。


 感謝と謝罪を伝えたはいいけど、清明君は小首を傾げてから眉間に皺を寄せる。(※見えてるのバレてんの?とガチビビりの清明)


(……あっ。私の事、覚えてない?)


 新しい制服は届いてたけど、一向に気がついてくれない清明君。なんとか思い出して欲しくて、前の学校の制服で登校し続けている。(※クソ逆効果)



 ――迷惑ですか?

 ――聞こえてますか?

 ――無視されてもいいので側に居てもいいですか?



 清明君は瞳を閉じて「やれやれ」と言った雰囲気をだして肯定してくれた。(※このヒロインはめげてます)


 いつか、清明君に感謝と告白を……。

 心を許してくれるまで絶対に諦めない。(※このヒロインはめげてます)


 きっと、ものすごくモテてると思うし、競争相手は無数にいると思うけど、頑張りたい。この一生に一度とも思える恋を成就させたい。(※清明はモテません)



 私の初恋……。

 好きになって貰えるように……後悔しないように、精一杯頑張りたい。(※まず、自己紹介しようね。エリーさん)



   ※※※※※




 スパンッ!!!!



 私は矢を射る。

 的の中心を射抜いた矢でもはしゃいでいては礼節を欠く。



「お見事! さすがだね、エリー」


「うん。調子いいかも」


「この調子でセイメイ君も射抜いちゃえ!」


「ぅ、うん! ありがとう、蘭ちゃん」



 顔には尋常ではない熱が湧き出る。「エリーは本当に可愛いのぉ〜」という蘭ちゃんの意地悪に更に熱が沸く。




 ――さ、こぉーーーーいっ!!



 男子校の方から聞こえてくる野球部の掛け声。

 


「清明君は部活とか入ってるのかな……?」



 私はもうすでに明日の朝を心待ちにしていた。

 

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