痴漢から救われたと勘違いしたハーフ美女×幽霊だと信じ込んで無視を決め込む男のラブコメがホラーではなくコメディだった件

第1話 『可愛い幽霊と根暗男』




   ◇◇◇◇◇



 ガタンッゴトンッ、ガタンッゴトンッ……



 早朝の電車に揺られらながら俺は読書をする。


 車内のひんやりした空気に夏を。

 朝帰りの大学生に平和を。

 死んだように眠る社会人に現実を。


 人混みが苦手だとか、立っているのが面倒という理由だけで、かなり早起きして通学するような高校生の俺は何を象徴しているのだろう?


 ……きっと、「非現実」だ。



 ――○○駅〜○○駅〜……



 駅員のアナウンスに俺はゴクリと息を呑む。

 プシューッと扉が開き、「非現実」を視界に捉えてしまえば、俺の心拍数は160超えだ。



「おはよう……ございます」



 タメ口に挑戦したが、やはり恥ずかしくなって顔を真っ赤にした女性はペコッと頭を下げてから、ちょこんと俺の隣に座る。



 しかし俺は本から視線を外す事はない。

 もちろん、本に没入しているわけでもない。


 只今、イヤフォンをして音楽を聴いているフリをするのを忘れていたと後悔しているところだ。



「「……………」」



 ガタンッゴトンッ……ガタンッゴトンッ……



 どこか現実味のない美貌を携えた女性と、長い前髪で目元を隠した眼鏡の男が並んで座る。俺たちは熟年夫婦の空気感を醸し出しながら、電車に揺られている……というわけではない。



(怖い、可愛い、怖い、可愛い……可愛い……、いや、怖いわ!)



 「強制吊り橋効果」という荒技を使いこなすのは、見た事のない制服を着ているハーフ系S級美少女。


 サラサラのボブは黒髪で、美しすぎる瞳は澄み切った空色。整いすぎた容姿がなおさら恐怖を煽ってくる。



 あっ。大事な事を伝え忘れていたが、俺の隣に座っているのは、めちゃくちゃ可愛い『幽霊』だ。



 俺は読書を続けるふりをして、両腕に2つずつ装備している数珠に、(南無南無……)と悪霊退散を願う事しか出来ないでいる。




    ※※※※※




 所謂(いわゆる)、「見える家系」に生まれた俺は、幼い頃から幽霊に囲まれて育った。



 見える家系と言っても、そこまで見えるのは俺だけで、家族はぼんやりとしか幽霊を認識できないらしい。俺は生身の人間と区別がつかないレベルで、そりゃあ、もうバッキバキに見えている。


 幼稚園の頃、仲のいい友達と砂場で笑いながら遊んでいたら、親が呼び出され、精神障害を疑われた。



 ――お前が幽霊だからだ! もう僕に近寄るな!



 いつも遊んでいた友達の顔は、世間一般で言うところの「幽霊」のように悍ましい顔に変化し、俺は秒で失禁し、呪われた。



 ――目を合わせない。会話をしない。それさえ守っときゃ、たいがいは大丈夫よ。



 祖母は祓える人だった。

 確かに、たいていの幽霊は無害だ。

 逆鱗に触れなければなんて事はない。


 ちなみに、俺は見えるだけで何の力もない。祖母がいなければ、俺はあの幽霊の友達に取り憑かれたまま、どうなっていたかわからない。


 ただでさえ「おかしい」と思われていた俺は、「気味が悪い」と敬遠され、それ以降、知らない誰かと喋るのが怖くなり、悪循環に陥るのは必然で、小中では噂が噂を呼び、いじめられはしないまでも、1人きりで学園生活を過ごした。


 「このままじゃダメだな」と知り合いのいない電車で1時間ほど離れた高校に進学し、見事、友達ができた。


 男女の双子……。


 まあ、女の方は余裕で幽霊だったが……まあ、ね、うん。色々あって男友達と無害が確定している女幽霊をゲットし、順風満帆な高校ライフを送り始めた矢先に、「非現実」はやって来た。



 この可愛いすぎる幽霊である。

 初めて隣に座ってきた時の違和感はエグかった。


 見た事のない制服の美女は俺と目が合うとみるみる大きな瞳を見開いて涙を浮かべると、3駅を通過したところでペコッと頭を下げて隣に座ってきたのだ。


(やばい、やばい、やばい、やばい!!)


 まるで、「見つけて貰った」とでも言いたげな反応だった。あまりの美貌に少し見惚れてしまった俺は、冷や汗を吹き出しながら完全無視を選択した。


 高校の最寄駅のホームでホッと胸を撫で下ろしたら……、


(な、なんで付いてきやがる!!)


 美少女は頬を染めながら照れ臭そうに降りてきて、少しアワアワしながら俺の隣を並んで来やがるのだ。



 生きた心地のしない俺は、長年培ってきたユニークスキル《完全無視》で徹底抗戦の構えを見せるが、結局、美少女幽霊は俺が高校の門をくぐるまで隣を離れなかった。


 背中に感じる視線を察知出来ない俺ではない。

 下駄箱に到着し、「はぁあああっ……!!」と盛大なため息を吐きながら腰が抜けたのは言うまでもないだろう。


 心配していた帰路も平和そのもの。


 ――今日は久しぶりにヤバかったなぁ。


 なんて呟きながら、(とはいえ、いい目の保養になった!)などと呑気に就寝した。



 だが、次の朝、俺は戦慄する。

 「○○駅〜」と気の抜けたアナウンスと共に、また美少女がやって来たのだから……。



 “いや、そもそも、なんで幽霊確定なんだ?”


 そんなものは簡単だ。


 ガラガラの車内でわざわざ俺の隣に座るS級美少女がいるだろうか? それは断じて否だ。

 ましてや、電車を降りて通学路を一緒に歩くだろうか? もちろん、これも断じて否だ。



 “可愛いならいいんじゃね?”


 そんな馬鹿げた疑問を持つヤツは、人間が悪霊に変わっていく様を見て、失禁してから出直して来い。



 それからの俺はというと……。


 車両を変える。電車を一本遅らせる。


 そんな基本対策は意味を成さないと知った。


 この美少女幽霊は、○○駅になると乗車し、数駅後には頬を赤くしながら絶対に俺の隣に座るのだ。俺のユニークスキルは常時発動している。


 もう……。もうね、いや、マジで怖くて仕方ない……。


 美少女幽霊が初めて口を開いたのは、2週間ほど経った時だった。



 ――ふふっ。なんだか恋人みたい……ぁっ。


 俺は当然の如く心の中で絶叫した。


(いいいやぁああ!! ナム南無ナムナム!!)


 本を持つ手の汗腺が壊れたのを覚えている。

 今でもあの本には手汗の跡が残っている。

 

 それから、ちょいちょい話しかけてくるようになった。読書中には話しかけて来ないという常識があるのかないのか。いや、幽霊には自己紹介もクソもないか……?


 そして今日でまるまる1ヶ月。


 取り憑かれるのも時間の問題と思ってしまうのも無理もないだろう……。何としても失われた青春を。人生に一度しかない高校生活を幸せに過ごしたいのだ。


 やっと出来た友達を失うようなこともしたくない。

 もう2度と『死霊術師』なんて呼ばれたくないのだ。




   ※※※※※



 ガタンッゴトンッガタンッゴトンッ……



 兎にも角にも、俺は今日も幽霊と通学している。


 もちろん、この美少女の他にも幽霊はいる。


 『どうやったら触れんだ?』とスマホをいじっているお姉さんの胸に手を伸ばしているヤツ。『ひぇええええ!』と奇声を上げながら全裸でスキップしているおっさん。


 そのオッさんに『キモすぎぃ』とうんこ座りをしているパンチラギャルに、OL風の大人しそうな女性が朝帰りのイケメン大学生の上に跨り、おっぱいで顔面をブルンブルンさせて『ぷっあはははは!』と大爆笑していたりと……。



 明らかに幽霊とわかるのは、まだいい。

 犯罪をするタイプの幽霊は欲望のままに楽しんでいて少し面白いし……。



「あの……“清明(せいめい)君”。読書中にごめんなさい。でも、もう最寄駅ですよ?」



 厄介なのはこっちだ。


 咄嗟に「俺の名前は清明(きよあき)だ!!」とツッコんでしまいそうだ。


 なぜ白々しく、親しげなニックネームで呼ばれなきゃならん!? いや、そんな疑問は意味を成さない。なにしろ相手は人外なのだ。


 怖いのは今に始まった事でもない。


「……」


 俺はその声に反応する事なく、「☆☆駅〜お出口は――」という呑気なアナウンスに反応した体(てい)で慌てて電車を降りて、そそくさと通学路を歩く。


 小高い丘の上には、少し頭の弱い男子校と超お嬢様が通う女子校が向かい合わせになっており、あたりには住宅も、コンビニも、何もない。


 ここを歩くのは、学校に用がある者しかいないのだ。ちなみに、美少女幽霊の制服は女子校の制服ではない。


 まあ、これも幽霊だと思っている要因の一つだ。

 女子校に通っているのなら、制服が違う美少女幽霊は目立ちすぎる。転校生だとしても、1ヶ月も経てば制服が届くはず。



 まだ7時すぎ。

 丁度、部活に勤しむ連中が朝練を開始し、一般学生が通学するには早すぎる時間帯。


 こんな時間に通学しているのなんて“俺たち”、いや、“俺だけ”だ。



「……ふふ、歩きながらの読書はダメですよ? 電車の中だけにしておいた方がいいです!」

「……」

「そう言えば、清明(セイメイ)君が好きな作家さんの新刊が出てましたね」

「……」

「……わ、私も読んで見たんですが、最後のどんでん返し、よかったですよ!」

「……」



 ……か、可愛いかよ、クソッ!!

 反応しない俺に一瞬だけシュンッてするのやめろ!

 良心が……、って、乗るな! きっと作戦だ! 


 気を許したところでドロッと顔が崩れて口が裂けて……ヒィイイイ!! へ、平静を保て俺!!



「はぁ……すっかり夏ですね」

「……」

「夏休み……ですね」

「……」

「……アツッ」



 美少女幽霊はハンカチで汗を拭い、制服のカッターシャツをパタパタとさせる。



 ゴクッ……



 もちろん反応するわけにはいかない俺は、そのパタパタを確認出来ない。


 この幽霊は細身の割には胸が大きい。パタパタに合わせて下着が……いや、夏服は薄くて、日差しが当たっている今ならシャツが透けてるかも……なんて、今すぐにでも横を向いてしまいたい衝動に駆られるのは男なら仕方がない事だ。



 そうこうしているうちに俺の高校の前に到着する。



「あっ。じゃあ、また……。いってらっしゃい、晴明君!」

(清明(きよあき)だっつってんだろ!!)


 背中に声をかけられ、ついには心の中でツッコンでしまった俺は下駄箱へと早足で歩き、到着と共に「はぁああっ……!!」とため息を吐き、頭を抱える。


(あぁあ!! クッソッ可愛い!! ちゃ、ちゃんと顔みたい……! けど、めっちゃ怖い!! ぁああ、くそ!! “セイメイ”に改名してぇえ!)


 部活に勤しむ野球部の声しか聞こえて来ない早朝の学校で、俺は頭を落ち着かせるために「ふぅ〜……」と我に帰る。



「い、いやいや。目を合わせないのは基本だよな。可愛くても悪霊かもしんないし」



 根暗男の独り言は誰もいない下駄箱に……いや、傘立てでいつも“眠れる森の美女”をしている女幽霊の『パンツを覗きながら、「んっ! んっ!」と腕立て伏せ』という永久機関を作り上げているガチムチ柔道ヤロウの幽霊がいる、下駄箱に虚しく響いた。



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