エピローグ
ある日の朝のこと。
元々淳は朝に強い方ではないのだが、最近買ったスマートウォッチのおかげで寝覚めがよくなった。誰かに勧められて買ったものなのだが、それは誰だったか。
この日は休日だが、職場の同輩である沼田という男と秋葉原で会う約束をしていた。
彼と淳は共通の趣味を持つことがわかり、それからは仕事の合間に趣味の話で盛り上がることがあった。
そんな沼田と仕事と関係なく会うのは、これが初めてというわけでもない。
「悪い、待たせたか?」
「……いや、いま来たところだよ」
「そういうセリフは、付き合いたての頃の彼女に言ってほしかったぜ」
「抜かせ」
待ち合わせの時刻より少し早く着いていた淳が、沼田の言葉に普通に応じると、微妙な掛け合いになってしまった。
淳は沼田と共にいくつかの店を巡回した。
その後、戦利品を抱えた二人が訪れたのは、一軒のホビーショップだ。
沼田のオススメだというその店はプラモデルやフィギュアを専門に取り扱っており、ニッチなものまで一通り揃っているのだという。
「おい、オレはここで買う物ないから、あそこの喫茶店で待ってるぞ」
プラモデルもフィギュアも趣味に入っていない淳は、むしろこれまでに獲得した戦利品の中身の方が気になっていた。
しかし、沼田がその肩に手を置いて引き留める。
「まあまあ。せっかく来たんだし、少しぐらい見ていけよ。お前が好きなリコリコのフィギュアも揃ってるぜ」
「……まあ、そこまで言うなら仕方ないな」
リコリコのフィギュアに少し心が動いた淳は、満更でもない様子で店の中に足を踏み入れた。
「――おぉ! オシの子の新作入ってんじゃん」
店に入るなり、テンションが上がった沼田が早速手近なフィギュアを物色しだす。
「こんな感じか……」
店内の陳列棚は、整然と並ぶフィギュアのパッケージによって埋め尽くされている。
棚の端にはショーウィンドウもあり、人気のフィギュアがポーズを決めて配置されていた。
淳はその物量に少々圧倒された。
ふらふらとフィギュアが並ぶ棚を歩いていた淳は、あるフィギュアの前で足を止めた。
『X-00107』とパッケージに印字されたそのフィギュアは、透明な羽の生えた銀髪の美少女だった。ただし、キャラクターの名前はどこにも書かれていない。
「……お、なんか気になるものでもあったか?」
そこに沼田が追いついてきた。
彼は無造作に淳が見ていたフィギュアのパッケージを手に取る。
「――なんだこれ? 聞いたことないメーカーだな。オリジナルのキャラなのかな?」
「沼田でもわからないのか。この人形、どっかで見たことあるような気がしたんだけどな」
そう言う淳を振り返った沼田はハッと目を見開き、きまり悪そうに目を逸らした。
そして、ゴソゴソとポケットをまさぐったかと思うと、しわくちゃのハンカチを取り出して、淳に差し出した。
「――え?」
そこで初めて、淳は自分の頬を伝う涙に気づいた。
「じゃあ、僕は二階の方を見て来るから」
ハンカチを手渡した沼田は、そう言ってそそくさとその場から立ち去った。
淳は渡されたハンカチを使おうか一瞬悩み、結局は乱暴に手の甲で涙を拭った。
「……ここ一階しかねぇだろ。バカ」
*
――いつかまた、別のどこかで。
「……ねぇ、キミはいったい何者?」
「私は電子妖精X-00107『イオナ』です! あなたのサポートのために、電子世界から派遣されてきたのです」
底辺プログラマーが電子妖精にお手伝いしてもらう話 卯月 幾哉 @uduki-ikuya
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