第6話

 OXプロジェクトの打ち上げから数日が経った。


 その夜、定時で帰宅したじゅんは、自宅で趣味のプログラミング活動に勤しんでいた。

 少し前まで彼は競技プログラミングのスコアを上げることに腐心していたのだが、最近は新しく世に出てきたプログラミング言語に手を伸ばしている。今では、その言語の開発者たちとチャットでやりとりしながら、標準ライブラリの実装に手を貸すほどだ。


「――マスターは、人生で成し遂げたいことはありますか?」


 イオナはそんな淳の肩に乗って作業を見守っていたのだが、ふと唐突にそんな質問を投げかけた。


「ん? ……うーん、そうだな」


 淳は、ややタイピングの速度を落としながらそれに答える。


「――そういうの、あんまりちゃんと考えたことなかったけど……。やっぱり、コードを書いて何か作ってるときが一番楽しいかな」


 そう言いながら、淳はやや力強くEnterキーを叩いた。


「そうですか」

「あ。あと、」


 少し間を置いて、淳は自身の答えに補足をした。


「どうせ作るなら、なるべく大勢の人に使ってもらえるモノの方が良いかなぁ」

「そうですよね」

「……そういうの、なんて言うんだっけ。ああ、そうそう。『代表的プロダクト』ってやつだ。『自分がこれを作った』って、胸を張って言えるような何かが出来たら良いなぁ」


 そんな淳の答えを聞いて、イオナは満足そうに顔をほころばせた。


「きっとできますよ。マスターなら」

「そうかな」

「はい」

「あんがと」


 それからしばらくの間、室内では淳がキーボードをタイプする音だけが続いていた。



 その夜がさらに更けて、淳が寝静まった後のこと。


 窓から差し込む月明かりに照らされながら、イオナは淳の寝顔を見下ろしていた。


「……ついつい、長居をしてしまいましたけど、」


 誰に言い聞かせるわけでもなく、彼女は小声で独りごちる。


「本当はずっと、わかっていました。


 ――もう、マスターに私は必要ないのです」


 イオナは背の羽をはためかせ、窓の桟に足を乗せた。


「さよなら、マスター」


 その言葉を最後に、彼女は月光に溶け込むように姿を消した。

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