【ショートショート小説】【短編】【朗読】ハチとご主人様 《3つのワードをテーマに制作》
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ハチとご主人様
僕の名前はハチ。
飼い主に忠実で、賢いと褒められることが多い秋田犬さ。
食いしん坊でお魚が大好きなんだ。
でも、お魚よりもっと好きなものがある。
ご主人様さ。
僕のご主人様は犬が大好きで、すごく優しいんだ。
だから、ご主人様がお出かけの時には、何度も渋谷の駅まで見送ったこともあるんだ。
でも、最近はご主人様に会えていない。
ご主人様と遊びたいのに全然顔を出してくれない。
なぜか周りの人たちは最近すごく忙しそうにしているみたいだ。
僕は思い切ってご主人様を探しに行くことにした。
ご主人様を見送りに渋谷駅まで歩いた道のりを思い出しながら僕は進んでいく。
もしかしたら、反対側から歩いて帰ってくるご主人様に会えるかもしれない。
そんな期待を胸に秘めながら、僕は歩み続けた。
足が疲れてきた頃、一際大きな建物が見えてきた。
渋谷駅だ。
たくさんの人が歩いている。
僕は必死に目を凝らす。
どんなに人込みでも、ご主人様を見つける自信が僕にはあった。
だが、この日はどんなに探しても見つけられなかった。
僕はひどく落胆したが、お腹が空いてきたこともあって家へ帰ることにした。
それから、雨の日も風の日も、何日も渋谷駅へ通った。
どれだけ待ってもご主人様は現れない。
近くを歩いていると、子供や通行人からいたずらを受けることも多くなっていた。
野犬と間違われて捕まることも多かった。
僕は逃げ足が遅かったのだ。
そんな日々が続き僕は何度も諦めようと考えた。
だが、ご主人様を裏切っているようで、僕には到底できないと考え直す。
そんな無限ループを繰り返していた。
だが、運命の日は突然やってきた。
その日の僕は、例のごとく野犬と勘違いされ捕まっていた。
やっと解放してもらえ、いつものように通りゆく人々の中にご主人様の姿を探す。
そうこうしているうちに『ぎゅるる~。』と大きな音がお腹から。
この時初めて、何日間か何も食べていなかったことを思い出した。
捕まっている間なにも与えてくれなかったのだ。
お腹が空いたと捕まっている間にアピールしておくべきだったと後悔したが、もう遅い。
僕は食べるものを探して歩きまわった。
するとどうだろう。
目線の先に、一つの袋が目に入った。
誰かの落とし物だろうか。
見たところ、少し膨らんでいて何かが入っているようだ。
『ラッキー。』と思い、その袋に近づいていく。
近づくにつれて、お魚のいい匂いがしてきた。
『僕の鼻は人より3000倍近くいいんだぜ。』
そんな自慢が頭をよぎる。
僕はその匂いにワクワクしながら袋のそばまで来た。
袋の中を見ると、中には板に何かが張り付いたようなものが入っている。
かまぼこだった。
僕の大好物だ。
誰かの落とし物ではあるが、お腹が空いている。
食べない理由は無かった。
『いただきま~す。』
そう心の中で呟きながら、口に入れようとした瞬間だった。
何か大きなものが視界を横切り、僕の前に降り立った。
僕は恐る恐る顔を上げる。
大きなくちばし、大きな爪、鋭い目が僕の目に飛び込んできた。
オオワシだ。
僕はひるんでしまった。
恥ずかしいが、僕は逃げ足が遅かったので、けんかは苦手だった。
相手のオオワシは、こちらを鋭く睨みつけながらこちらへ歩み寄ってくる。
僕は必死にこの場から逃げようとした。
食べ物はまた探せばどこかにあるだろう。
今の距離なら僕の遅い逃げ足でも逃げ切れる。
そう頭では考えているが、足が全く動かない。
衝撃と恐怖で足に力が入らないのだ。
そうこうしている間に、オオワシはすぐ目の前までやってきてしまった。
相手の目はまだ鋭く光っていて、弱った僕の心に槍を突き刺すようだった。
僕は体を固める。
少しでもダメージを減らすためだ。
相手の攻撃の痛みに耐える覚悟を決めた。
そんな決心をした瞬間、これまで鋭い光を放っていた目が、突然優しい光を帯び始めた。
僕は戸惑った。
だが、まだすぐには動くことが出来なかった。
目の前のオオワシから白く眩しい光が飛び出したかと思うと、大きく羽を広げ舞い上がったのだ。
僕の体はいうことを聞いてくれなかったが、目だけは動かすことが出来た。
上を見上げる。
次の瞬間、体だけでなく、頭まで固まってしまった。
頭が真っ白になった。
見上げた先にあったのは、先程まで僕の目の前にいたオオワシではなかった。
僕が探し続けたもの。
ご主人様だった。
ご主人様は僕にやさしい微笑みを投げかけてくれた。
何か言いたげにしていたが、言葉を発することはできないようだった。
僕には時間がすごくゆっくりと感じられた。
ご主人様の温かいまなざしを一身に受け止めた。
だが、幸せな時間はそう長くは続かなかった。
ご主人様のまとう白い光がどんどんと強くなり始めた。
懸命に手を伸ばそうとしたが、なぜか未だに体が動かない。
何もできないでいるうちに、ついにご主人様は光の中へと消え去ってしまった。
最後まで僕にやさしい微笑みを投げかけながら。
とうとう僕はそのまま動けなくなってしまった。
その後僕はみんなから『忠犬ハチ公』と呼ばれるようになった。
そう、今では渋谷駅前のシンボルとなっている。
これが、僕が銅像になってしまった物語である。
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