第三十頁【ろくろ首】
【ろくろ首】
中学の修学旅行で京都に行った日の夜、布団に包まりながら友人と恋バナをした。その時に初めて、幼馴染の友人Bの特殊なフェチが判明した。
「首が長い女がいい」
――のだと言う。
まぁ確かに首が長いと頭も小さく見えるしスタイルが良いと言われるよな、なんて男達みんなで同意していると、Bはそうではないと強い語気で否定した。
「違う、首が良いんだ。首、首自体」
「首って、顔がどうのこうのよりも首が長い事が重要だって言うのかよ」
「当たり前だろ、長ければ長い程いい。長ければ長い程艶めかしくってエロいじゃないか」
うーんとみんなで頭を捻った。彼の秘めたる欲求は早熟過ぎて俺達にはわからないのだろうか? どうもフザケて言っている風でも無いし……。
……なんて事があった。
それからしばらくして、俺はBと、Bの家の縁側に並んでみかんを食いながら、他愛もない話しをしていた。
ぼんやりと眺める庭の向こうはブロック塀になっていて、壁を一枚隔てた先はなだらかな下り坂になっている。ブロック塀の高さは一.二メートル程なので、襟を掻き寄せながらこの秋空の下を行き交う歩行者の肩から上がひょこひょこと見えている。
俺はその光景をなんとなく見やりながら、かつてBの言っていたフェチの話しを思い出した。
――さてはこいつ、ここから首の長くてキレイな女でも眺めていたから、あんな事を言い始めたんじゃないか?
塀の向こうは左に向かってなだらかな下り坂になっているので、右から左へと向かう歩行者の頭は次第にブロック塀の下に消えていく様になっている。反対に左から右へと向かう歩行者の頭は先を行く程に塀を越えて肩口程まで見える様になっていく。
Bの家で幼少期の頃から見ていた光景だったが、改めてこのシチュエーションを分析してみると、Bのフェチを助長してもおかしくない様な環境であると思った。
「お前まさか、前言ってた首の長い女がいいって……」
「ああっ見ろ見ろ見ろ! あのお姉さんだよ!」
……やはりそういう事だったらしい。
Bが指差す方向を見ると、色白で髪の長い女が、右手の方角から塀の向こうの坂道を下っていく所だった。
Bの好みだという女の横顔をまじまじと見つめてみる。確かに目鼻立ちの整ったかなりの美人な様だ。Bの言うように確かに首が長いのか、身長が高いからか、先程まで行き交うっていた人々よりも頭一つ高いところにある。
「な、すげぇ長いだろ?」
「はぁ、まぁ……」
興奮気味のBの声を聞きながら細い目をしていると、ブロック塀の左の端でその横顔はピタリと立ち止まった。
……そして俺はそこで、違和感を感じた。
――あれ? そう言えばブロック塀の向こうは下り坂になってた筈だよな?
かなり身長の高い男が通り掛かる時ですら、ブロック塀の左の端に到る頃には頭の先すら見えてなくなっていた筈だ……。
「ああ、綺麗だよなぁ、良いよなぁ、首の長い女」
「いや……あれ……あれ??」
ぐりんと、こっちを向いた女の首が、爆笑するみたいにケラケラと笑ってた。
視線に気付かれたのか、と呑気な勘違いをしながらBは頬を赤らめ顔を背けていたが、それ所ではない。
何故なら女の身長が二メートルを優に越えるでもしていなければ、その位置から顎の先までハッキリと、人の頭など見える筈が無いのだから。
――――――
『ろくろ首』
首を伸ばした女の姿で描かれる。
『抜け首』とも言う。
おなじみの首が伸びる種類と首が抜けて空を飛ぶ種類が居るという。
ろくろ首と言えば女性のイメージがあるが、「蕉斎筆記」には男の抜け首の話が残っている。
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