第二十二頁 【鳴屋】


   【鳴屋やなり


 郊外に戸建ての中古物件を購入したNさんから聞いた話。

 Nさんの職場が都会とは少し離れた場所に移ったので、手頃な物件を探していた所、その家を見付けたという。

 築ニ十年程が経過して年季の入った、特に真新しくも珍しくもない家だったが、破格の値段が気に入ったので、妻と四歳の幼い息子を連れてその家に移り住んだ。

 その家は勿論中古物件ではあったが、前に住人が住んでいたのはしばらく前の事であると不動産屋に聞いた。しばらく売れ残っていたので、思い切って値段をぐっと下げた所にNさんが飛び込んで来たという事らしい。

 

 その家での生活に別段不満は無かった。

 まぁ細かく言えばトイレの床板が軋むだとか畳の何箇所が浮いているだとか、やたら家鳴りがするだとかそんな事はあったが、破格で家を購入したお陰で浮いたお金で気になる所は大体リフォームした。家鳴りに関しては、木製の家では多少仕方が無い所があるので馴れてもらう事にしたが。


 ある日の晩、Nさんが仕事から帰ると、妻が困惑したような顔付きで言ったそうだ。


「畳が揺れるのよ、和室の所の畳が。一枚だけ」


 はぁ? と返したNさんであったが、妻の言う和室の方へと足を運んでみていると、リビングで膝を抱え込んだ息子が怯えているのを見た。


「ソウタ、何があった?」


「しらない……ゆれるの」


「揺れるって、母さんが言ってた……畳の一枚が?」


 コクリと抱え込んだ膝の間に頭を落とし込んだ息子に、どれがその畳だ? と聞いた。すると八畳ある内の畳の一枚を指差す。


「じしんが来るの。そこの畳の上にだけ」


 震える息子の声を耳に留めながら、Nさんはことの詳細を聞いたそうである。

 ソウタくんはいつも昼過ぎになると、和室でゲームをしたり、寝転がって昼寝をしたりして過ごしているそうである。

 するとある時、眠っている所に下から突き上げられるかの様な衝撃を覚えて目を覚ました。

 それも一度や二度じゃなく、三度、四度と立て続けにそんな事がある。

 そんな事があるのは決まって、ソウタくんが例の畳の上でうたた寝をした時であるらしい。


「あの畳の下にはおばけがいるんだ」


 ――ピシっ、パキン……と天井裏から家鳴りがした。


 ふぅむと唸ったNさんは、未だ半信半疑ではあったが、息子のソウタくんの疑念を晴らす意味合いもあって、一緒に畳をひっくり返して、その下に何も無いことを確認しようとした。

 しかしソウタくんは嫌だ、嫌だと叫んでいる。

 Nさんは妻にソウタくんを抑えて置いてもらい、半ば強引にそんな事など無いのだと言う事を見せてやる事にした。


 ――ピシン、パキ。パキキ……やたらと家鳴りのする夜であった。


 物置からマイナスドライバーを持って来たNさんが、ソウタくんの言う畳の一枚を、埃が立つのも構わずに、思い切りひっくり返した。


「ほら見ろソウ……」


 得意げに言い掛けたNさんは、妻の膝下に顔を伏せってしまっているソウタくんへと言い掛けて――固まった。


 そこにがドサリと置かれていた様である。



 後日、どういう事かと不動産屋に問い合わせてみたが、ことの詳細は不明なままだった。

 ただ、その時にも電話口から――


 ――パキン。


 と家鳴りの様な音がハッキリと、Nさんの耳には聞こえた様である。


 その和室は今は、物置として使われている様である。



――――――


鳴屋やなり


「画図百鬼夜行」では騒々しい小鬼たちが描かれる。現在では家鳴りの原因が気温や湿度により木材が発する音だという事がわかっているが、その当時はこの様な怪異が原因であるとも言われた。

「太平百物語」によると、ある日度胸試しの為にある化け物屋敷に泊まり込んだ所、家全体が激しく揺れ始めた。一人の浪人がもっとも激しく揺れる畳の一枚を刀で突き立てるとその揺れがおさまったが、その床下には熊を弔う墓標があり、その墓標からは血が出ていた。という話がある。


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