第十六頁 【鼬】


   【てん


  三重県伊賀市のとある地域に、毛皮業者の工場が建設された。

「株式会社ナカムラ毛皮」

 ……しかしこのナカムラ毛皮に関してあまり良い評判というのが聞こえて来ない。

 工場の建設にしたって地元住民と揉めていた所を半ば強行してしまったという事らしいし、商品の売上が想像よりも芳しくないという状況から、毛皮の仕入れを密猟業者に依頼しているともっぱらの噂になった。管理にしたってあまりにずさんで、離れにある巨大倉庫に剥いだままの毛皮が雑多に折り重ねられて柱の様になっているのだとか。

 ――何よりナカムラ毛皮はもうずっと以前から、動物供養を怠っているらしい。


 この件についてはナカムラ毛皮に使い果たされ、精根尽き果てた工場員より直接聞いたので確かな情報であると思える。

 通常、毛皮業者は動物の命を頂いているというその経緯から丁重にお焚き上げ等の動物供養を行う。

 ……それを怠ったからか、直接の要因は不明ではあるが、結局ナカムラ毛皮は夜間に起きた不審火による火災で再起不能となった。

 不思議なのは、その出荷元が毛皮を積み上げていた離れにある巨大倉庫であるという事。倉庫にはなんら火元の発生源となるものは無かったそうである。

 もっとも、何らかの要因で発生した火を助長する毛皮素材は、所狭しとそこに積み上げられていた様子であるが、なんにせよどうして火が発生したのか、その火がどうして工場にまで燃え広がったのか。

 ……周辺地域はそんな話題で持ち切りになった。

 この土地を古くから知る老婆なんかは

「狐七化け、狸八化け、てん九化け、やれ恐ろしや」

 と懐かしむ様に言って顔をしわくちゃにしていた。

 老婆の話しをとんだ眉唾話しであると若者達は笑ったが、徐々にと明らかになって来た事件の詳細が、老婆の語る伝承に不可思議な現実味を匂わせて来て、言葉を失ったらしい。


 火災の発生をいち早く見付けたのは、夜勤業務にあたっていた数名の工場員であったらしい。

 彼等いわく、異変に気付いて倉庫の鉄製の大扉を開いてみると、そこには黒炎に巻かれた折り重なったイタチの毛皮があったという。一斉にこちらを見つめているイタチの双眸が炎にてらてらと丸く輝いているのに呆気に取られていると、ごうごうと渦を巻いて燃え上がる火災が原因であるのか、気流が発生し、燃える柱の様になったイタチの毛皮が上から、一枚、二枚、三枚四枚と、まるで意識を持って飛び上がったムササビの様な有り様で空に飛び上がって倉庫内を狂喜乱舞し始めたという。

 異様な光景に工場員達が恐れ戦いていると、開け放たれた大扉の方へと燃えるイタチがピューと滑空していって、その後に続くみたいにイタチの柱も崩壊して空へと舞った、そしてその全てが工場へと覆い被さったという。


てんの祟りじゃ!」

 老婆は「やれ恐ろしや」と締め括って若者達の方へとじろりと視線をよこした。


 迫真の表情で言い放った老婆は艶やかなファーコートをまとっていたという。



――――――



てん


 数百歳を経たイタチが変化するものとされる。火災の前触れであると考えられた。

 三重県伊賀地方では「狐七化け、狸八化け、てん九化け」と言うことわざがあり、『狐』よりも変化に長ける『狸』よりも上手く化けるとされる。

「画図百鬼夜行」では無数の『鼬』が連なって火柱を形成する姿で描かれた。

 火に纏わる災いを引き起こすという。

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