第十七頁 【叢原火】
【
地域、場所ともに伏せるが分かる人にはわかってしまう話しだと思う。
関西近郊のとある地域では、一月の終わり程の時期になると『山焼き』という神事が行われる。すすきの生い茂る低山に火をつけて丸毎焼き払ってしまうのだが、山が真っ赤に燃える圧巻の景観は冬の風物詩となっていた。
観光客などで大変賑やかになるこの行事では、同時に花火が打ち上げられたりパレードが催されたり売店が立ち並んだりして、毎年の恒例行事となっていた。
この『山焼き』の起源というのは民間伝承からきているらしく、毎年一月の終わる頃までに山を焼いてしまわなければ、山頂にある墓よりいでた幽霊が人々を怖がらせるという迷信が広がって、勝手に山を焼く者などが続出した。想像の通り、あわや近隣のお寺にまで火が燃え移らんという事件となって、その年より禁止令が立てられたが、それからも誰ともなく山に火をつける者が絶えない為、この山に隣接する複数の寺や奉行所が立ち会って正式に山を焼くようになったという。
しかし、昨今のコロナ騒動の煽りを受け、ここ三年ほど『山焼き』が行えないでいた。
そんな背景もあって、その年の『山焼き』は大変な賑わいを見せたらしく、その様子はライブカメラによって某動画投稿サイトにも生中継された。
T氏はその現場から遠く離れた東京の自宅で、『山焼き』の様子をPCから眺めていた。
T氏の実家はこの近郊にあり、高校生の頃までは毎年現場に出向いていたので、懐かしくなったとの事だ。
法螺貝やラッパの合図があってから、山の麓の幾人かの男達によって一斉に点火される。真っ赤な火はみるみると燃え広がって上方へと広がり、三年ぶりという事もあって例年より長く生え揃ったすすきをこれまでよりも激しく、真っ赤に燃え上がらせながら、残火の美しいのを山肌に残し、焦土に変えていく。
酒を飲みながら、炎の輪が頂上へと向かって小さくなっていくのをライブカメラ越しに眺めていたT氏は、微睡みかけた心地から――一気に酔いを覚めさせられる事になってしまった。
――「ごぉあああ!!!」
……男の野太い絶叫がライブカメラ越しに聞こえた。椅子に沈み込んでいた体制を立て直して画面を見つめてみると、未だ遠くの方から、それこそ今焼けている山肌の方から、男の苦痛に呻く恐ろしい声が聞こえて来る。
驚いてライブカメラのコメント欄を表示してみるが、閲覧者は数千人といるというのに、ただ『山焼き』の景観に見惚れた様な感想があるばかり。
(他の人にはこの声が聞こえていないのか?)
そう思い、途端に空寒くなりながらもライブカメラの映像に注視してみると、火が轟々と燃え上がるその地点に、小さな男の顔が一つ火炎に包まれながら、ハッキリと見えた。
――「おお゛ァアア゛アアアアアアッッ!!!!」
聞くに絶えない断末魔の様な声が、T氏の耳には相変わらず聞こえていた。けれどやはり、その事には自分以外の誰もが気付く素振りもなく、呑気にその景観について各々の感想を述べるのみ。
……異様な気配であった。
火炎に包まれた男は焼き払われていくすすきの中に紛れ込みながら、火から逃れる様にして駆け回っている。まるで地獄の業火に焼かれ続けるかの様な痛ましい姿であった。
ここにきてT氏は冷静な思考を始めた。
『山焼き』を行う前には当然安全確認が行われる筈だ。近隣の山に火が燃え移らない様にすすきを刈り取るのは無論の事、そこに人が立ち入っていないか確認などして当然であるし、今回は三年間の期間が空いたとはいえ、例年の山焼きで禿げたこの程度の低山に人でもいたら一目でわかりそうなものだ。夜の闇に紛れて入り込んだという可能性は考えられなくもないが、側には当然消防団が常駐している。
いずれにせよ数千人、数万人の視線がそこに向かっている筈だ……それなのに、カメラの中の映像では、誰もが朗らかな表情をして、呑気に火に魅せられているばかりだ。
――「アアアアアアア゛!!! ぁアアアアアアアっっ!!!! アアッアア゛ッ!!」
やがて男の姿はカメラから見切れて消えた。それと同時に耳を覆いたくなる様なおぞましい声も聞こえなくなった。
翌日調べてみたが『山焼き』はつつがなく終了したとの様子であった。
T氏が見た燃える男の顔とはなんだったのか。
……そんな事を、正月に帰省した時、『山焼き』の当日現場に居たという父親に話してみると。三年間もの間、焼き払われる事なく漂っていた山頂の墓の幽霊が
何故だかその一言が、頭の中で謎を渦巻いていたT氏の脳内で妙に腑に落ちたという。
――――――
『
・出現地域:京都
『鬼火』の一種
京都の「千生寺」に伝承の残る妖怪。かつてこの地にあった宗玄という名の下法師が、千生寺地蔵堂で賽銭、お供え物、灯明の油をかすめ盗り続けた。すると遂には仏に業を背負わされ、その身を鬼火に変えられ地獄の炎に炙り続けられる事となった。
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