第十三頁 【網剪】
【
東北地方の片田舎にある祖母の自宅での話。
俺は昔から祖母の家が大好きで、あの格式のある日本家屋に、得も言えない魅力を感じていた。
なにかノスタルジックな感傷があるというか、一応うちの家系は古くからの名家であるという事だから、年季の入ったその家に、そこに刻まれた歴史に、先祖との繋がりを感じて感慨を覚えるのだった。
大学生になってからも、俺は暇を見つけては祖母の家に泊まった。
祖母の家に泊まる時は、俺は必ず離れにある和室の一室。むかし茶室として使っていたらしい五畳程の和室で寝かせてもらっていた。
祖母は狭いから別の部屋にしろ、部屋なんていくらでも余っているのだからと言うのだが、俺はこの“離れにある茶室”というのに非現実を感じて、好き好んでこの茶室で眠らせてもらっていた。
……ただ、この部屋で眠っていると、時折
夜半、締め切った障子越しの月明かりに薄く顔を照らされて目を覚ますと、
――シャキン。
……と、まるで大きな鋏を開閉したかの様な物音を聞く事がある。
なんだと思って周囲を見渡してみるも、何も異変無い。
こういった事が幼少期の頃から何度かあった。
その怪音の事を一度、祖母に尋ねてみた事があった。
すると祖母は眉毛も動かさずに
「この家は昔から
――聞くに網剪とは海老の様なザリガニの様な姿をした目に見えない妖怪で、むかし虫除けに使っていた蚊帳なんかを密かに切り裂いてしまうという怪異であるらしい。
その名の通りに“網”という名のつくものはなんでも切る奴であるらしく、伝承には漁師の網を切ったりしたともある。
面白い話が聞けたな、と俺は網剪に思いを馳せた。
ネットで調べてみると確かにザリガニの様な姿をした変な奴の画像が出て来た。
恐ろしいとも思ったが、俺はその妙な習性に対してまず愛らしいと思った。
妖怪といえば人に害をなす恐ろしい奴も多いが、時折こういう目的不明の奴もいたりして、俺はそういうヘンテコリンに妙な愛情を感じたりするタイプだった。
祖母が言うには網剪は、もう蚊帳なんか使わなくなった現代では切る物が無くて、手持ち無沙汰で無意味に両手の鋏をショキンショキンとさせとるのだろう、という事であった。
成る程、と思った俺はなんとなく網剪を不憫に思って、昔虫採りをした時に使っていた虫取り網がまだ祖母の家の玄関先の傘立てに差し込まれている事を思い出して茶室に持ち込んだ。
……よし、これでも存分に切れ、久方振りだろう。と、俺なりに、時代に押しやられた格好の網剪を慮ってみたつもりで、障子の所に虫取り網を立て掛けたまま就寝した。
――シャキン。
……聞こえた。
飛び起きた俺は虫取り網の方へと駆け寄って見たが、何処も切られたりなんかしていない。
なんだ、と思って布団に戻ってみると、白い枕の周囲に俺の髪が切れてバッサリと落ちていた。
現代で手持ち無沙汰になった網剪が、
急に、恐ろしくなってきた。
――――――
『
・出現地域:山形県
蚊帳や漁師の網等を切り裂いてしまう正体不明の妖怪。『髪切り』という妖怪から着想を得た鳥山石燕の言葉遊び、並びに創作では無いかと考えられている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます