第八頁 【河童】

   【河童】


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『夏休みのおもいで』

 2年1組 松村凜


 ボクの地元の△△川には、カッパのでんせつがのこっています。

 カッパとは、甲らを背おって、頭にお皿をのせたあの緑色のようかいの事です。(他にもすもうがつよいとか、人のおしりから“しり子玉”を引っぱりぬいてしまうなどと聞いた事があります。ちなみにしり子玉とは“かくう”のぞうきの事らしいです。)

 なんでも、この小川にはむかしカッパがすんでいたと言われているらしく、いまでも地元のじんじゃで夏のお祭りのある日の前後3日は、カッパに引きずりこまれるから、△△川で泳いではいけないとされています。

 けれどそんな事を言わなくたって△△川で泳ぐ人なんて一人もいません。なぜなら昔とちがって“トチカイハツ”の進んだいまでは、△△川の水はひどく汚れてしまって泳ぐ事は出来ないからです。近くの工場の“はいえき”なんかが用水ろから流れついて、泡立ったりしているのを見かけたりします。


 ボクはカッパなんて信じてはいません。けれどボクの親友の“ケンチャン”は、お祭りのあった日の夕ぐれ、まつりばやしの鳴る△△川の川べりでを見たって言うんです。

 その男の子は五才か六才くらいの、ボクらよりも一回り小さな子だったそうです。それもどういう訳なのか全身ずぶぬれで白い布だけをこしに巻いていて、空き缶やプラスチックゴミの絡まった黒いオカッパ頭をうつむかせて、そこから動かないんだそうです。足下をぬらした水てきは、そばの△△川からまっすぐに続いて、草をかき分けていたってケンチャンは言っていました。


 日がくれかけた、ひぐらしのなくすずしい夏の夕方だったと言います。

 ケンチャンは男の子の様子が変だなと思うよりも前に、その子の事をフシギに思ったそうです。

 なぜなら小学校に上がる前くらいのすごく小さな子なのに、そばにお父さんやお母さんもいないし、川から上がって来たらしいずぶぬれのかっこうのまま、背の高い草にうもれたかせんじきに一人で立ってジッとし続けているのです。

 お祭りの日に川で泳いではいけないという事は、ここいらの子どもたちはみんな知っている事なのに、あの子は一人でこんなにきたない△△川を泳いでいたのかと、ケンチャンはその事を変に思ったそうです。

 だからもしかしたら地元の子じゃないのかなと思って、ケンチャンが足を止めて固まったままのその男の子の事をジッと見つめていると、男の子の小さな手がパッとあがって、顔の横で「おいでおいで」をしたそうです。

 おどろいたケンチャンは大きな声を出して走って帰りました。


 そんな話しをボクはケンチャンから聞いて、その子はカッパじゃないかとたずねてみました。


 だけどケンチャンは首を横にふって言いました。

 男の子はカッパみたいに肌が緑色であるわけでも、こうらを背負っているわけでも頭にお皿をのせているわけでもなかったから、ケンチャンはその子の事をふつうの人間の子だと言います。

 おどろいて逃げてしまってかわいそうなことをしたなぁと言ってました。

 

 ケンチャンはとってもやさしい男の子だなとボクは思いました。

 ケンチャンはさいごに、今度あの子を見かけたらいっしょにあそんでやるんだ、と言っていました。

 オワリ。


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『京都府◯◯市で発生した“河童怪奇事件”についての調査報告書』

 二◯二三年十月一日現在。

 京都府◯◯市××小学校二年一組松村凜くん(八歳)が二◯二三年九月一日に夏休みの課題として提出した『夏休みのおもいで』に、二◯二三年十月一日京都府◯◯市□□町四丁目付近の△△川にて午前四時五十二分、水死体で発見された同小学校同学年生の浦辺健太郎くん(享年八歳)の事と思われる奇怪な記述を残している事がわかった。

 保護者同伴による松村凜くんへの任意の事情聴取を行ったが、本人の困惑興奮状態著しく、「河童に尻子玉を抜かれたんだ」との発言を繰り返している。

 本人の精神状態の回復を待ち、引き続き聴取続けていく。



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『河童』


 河太郎とも言う。

 人を水中に引き込んだり、尻子玉を抜いて殺すと言われている。ちなみに尻子玉というのは架空の臓器である。由来は、溺死した人間の筋肉が弛緩して肛門が開いていた事から、『河童』に水中に引き込まれて尻子玉を抜かれたのだと考えられた事から。

 相撲やキュウリを好み、頭の皿が乾涸びると力が出なくなる。

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