エピローグ

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■■■ 惑星テロン ■■■

「マルガリータさま、本日もご尊顔麗しく」

 キスリングにやって来たリークァイが、やけにへりくだって挨拶した。

 最初、「小娘」呼ばわりしていたことを想うと、隔世の感がある。


          **


 探索艦隊は再びテロンへ回航していた。

 前回の反省で、合意が成立したからといって放置しない。

 略奪停止の履行を、きちんと監視することにしたのである。


 ザッカウ-1の破壊により、テロン政府は現時点で、星間航法船を所有していない。

 しかし、難破船の発見から数百年。技術文書の解読により、理論物理学は相当に進歩している。

 油断はできない。それが「星の人」の判定だった。


 一方、テロン側としては、新しい月の落下が、深刻な脅威である。

 ラグランジュ点から外された小惑星は、ゆっくりと、しかし確実に、惑星への落下に向けて、軌道を変化させている。


「本当に、忘れずに、百年後に動かしてくれるんですよね!?」

 頼むから、定期的に顔を見せに来て欲しい。


 ということで、当面の間は毎年、テロンを査察することになった。

 ファントゥ家が中心となって饗応きょうおう、もとい、対応する。


          **


 ちなみにシュリアとアユーシは、再び別れ別れになった。


 コロニー破壊に手を貸したシュリアは、クロードの民に合わせる顔がない。

 なので、他の軍人たちと一緒に、テロンに戻してもらったのだが。

 アニクの娘であることが明らかになり、軍は除籍。もう宇宙には行けない。

 庶子として、肩身の狭い生活を送ることになる。


 アユーシは、シュリアと再び別れたのが、悲しかった。

 テロンガーナの屋台を、全て食べ尽くせなかったのも、心残り。


 マルガリータに相談すると、

「惑星テロンを毎年査察しますから、それを手伝ってください」

 と言ってくれた。


 その時に、シュリアとまた会えるかもしれない。

“そうしたら、チャリタも呼んで、3人でご飯を食べよう”

 今は、それを励みにして、

 ダハムを助け、厳しい開拓作業に邁進している。


          **


「それで第一天使さま。

 本日は、少しお耳に入れたいことがございまして」

 再び深々とお辞儀してから、リークァイが言った。

 彼が自らやって来たのは、定期査察とは別の話をするためだった。


 マルガリータは、今やテロン人に「第一天使」と尊称されている。

 女神ウルカに、至近に付き従う、天使たちの頭領、という位置づけである。


 交渉は情報軍の仕事なので、テロン人に会うのはマルガリータだけ。

 ウルカ(マリウス)が、交渉の席に顔を出すことはなかった。


 となれば、マルガリータの権威が高まるほど、その言質を利用しやすくなる。

 ファントゥ家がしきりと「宣伝」して、マルガリータを第一天使の地位に祭り上げたのだった。


          **


「実は娘のシゥリーを、アニクどののご子息に嫁がせる話を、しておりまして」

「アラディブくん、まだ6歳ですよね?」

「貴族ではよくあることなのです」

「そうなんですか」


 リークァイ、茶を一口飲む。緊張している。

「嫁ぎ先で、娘が苛められないかと心配でして」

「ああ、それ、地球のドラマで見たことがあります!

 料理の味付けとか、掃除の仕方とかで、叱られるんですよね?」

「ええ、まあ、そのようなことです」

“うちの娘が、そんな女中のようなことをするかっ”

 と心中で突っ込んだが、表情には一切出さず。


「そんなに娘さんが心配なら、

 いつまでもお手元に置かれたらいいのでは?」

「いえいえいえ! もう後戻りできないのです!」

 リークァイは慌てた。ここで婚姻を否定されてはたまらない。


「ついては、その、

 娘をサポートする家臣を、一緒に送ろうと考えておるのです」


 単性の「星の人」にとって、結婚という制度は、興味もないし、理解が及ばない領域である。

 政略結婚の狙いも影響も、よく分かっていない。


「そうですか~。仲良く暮らせるといいですね」

 この言葉にリークァイは、心の中で快哉かいさいを叫んだ。


 この後。

 リークァイは、「第一天使の承諾を得た」として、婚姻を強引に進めた。


 神託の月での騒乱の後、アニクは当主の地位をアラディブに譲り、引退していた。

 そこに、王女シゥリーが、家臣団を引き連れて、嫁いできたのだ。

 外戚がいせきとして、ファントゥ家の影響力は、いやがうえにも高まる。


 惑星テロンの歴史は、統一王朝の成立へと、大きく動き出したのだが。

 自分の何気ない一言が、そんな大影響を与えたという自覚は、マルガリータには、全くなかった。



■■■ 「星の人」 ■■■

 マリウスは、士官会議後の雑談で、自身の「帝位を目指す」宣言を披露したのだが、周囲の反応は「へぇ~」くらいの薄いものだった。


 ほとんどの「星の人」は、皇帝のことなど意識せずに生きている。


「そもそもさ、どうやって成るんだ? 皇帝って」

 ジルに問われて、マリウスはしばらく右頬を撫でていた。

「・・・分からない」

「先輩はご存じですか?」

「さあな。詳しくは知らん」


 育成師団では、勝利と生存に必要なことは、実技込みで徹底的に指導される。

 逆に、「必要ない」と判断されたことは、触れる機会すらない。


 兵士たちにとっては、同じ艦で暮らす人々が、生活圏。

 士官になると、意識する範囲は広がるが、せいぜい軍団長まで。


「御真影」が、艦内に掲げられることもなく。

 名前すら覚えているか怪しい、という状況だった。



「まさかと思いますが、タカフミ、知ってますか? 成り方を」

「血筋は、関係ないんですか?」

「チスジ? ああ、肩のお肉ですよね」

「・・・それはミスジです」

 血統は関係ないらしかった。



「皇帝になると、なんかいいことあんの?」

「自由に戦争が出来る」

「まずはその認識を改めなさい!」

 と、マルガリータに突っ込まれていた。


 結局。

「まあ、頑張ってくれよ。俺たちも応援するから」

 というジルの言葉で、士官会議は散会になった。



■■■ コロニーの丘の高みより ■■■

 クロードの民の一団が、丘を登っていく。

 山頂の聖墓にたどり着くと、管理するザッカウMIが告げた。


「電力喪失で、遺体を維持できません」

「マリウスに言われたよ。彼らを弔うように」

「・・・分かりました。

 聖墓を、解錠します」


 冷気が、白い霞となって流れる中、ダハムは聖墓に足を踏み入れた。


 指揮官のケースの前で、ダハムは白い上着を脱いだ。

 執政家の格式に恥じぬよう、精一杯頑張って仕立てた、立派な上着だった。

 値知れぬ高価な布地で、指揮官を包む。


 クロードの民は、文字通り着の身着のままで、この惑星にたどり着いていたが、皆、ダハムにならった。


 遺体を荼毘に付す黒い煙が、終日、丘を覆った。


          **


 御使いたちを弔うと、クロードの民は、聖墓やザッカウ-1の船体を解体した。

 未開の惑星を開拓する――いやその前に、まずはサバイバルする――ために。

 そして、丘の上に小さな祠を建てると、そこに女神ウルカの像を祭った。


 慌ただしい移住。慣れない地上での生活。

 そうしたことに、ようやく「開拓団」が慣れた頃には。


 彼らがかつて宇宙で、コロニーで、生活していたしるしは、

 もはや何も、残っていなかった。


 クロードの民の前に立ち塞がった、数々の厳しい試練は、

 嵐のように、彼らを翻弄した後、消えていったのだ。



 しかし――



 微笑を浮かべた、女神ウルカの像だけは、

 彼らが「コロニーの丘」と名付けた、高みの上から、

 今日も静かに、クロード開拓団を、見守っている。



✼••┈「司令!海賊追うのはいいですが、

 暴力は控えていただけますか!」┈••✼

                 【完】

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司令!海賊追うのはいいですが、暴力は控えていただけますか! 蒼井シフト @jiantailang

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