第11-8話:旅路の果てに

 照明を抑え、薄暗いコロニーの中で。

 グルディープが、「箱舟」のリストを、ダハムに差し出した。


 このままでは、クロードの民は全滅してしまう。

 希望をつなぐために、人を減らす。

 残される人々のリストだった。


 ちなみに、先代、当代と仕えたグルディープは、臣下の筆頭に掲げられていたが、自らその名を削った。

「この老骨に、まだ仕事をさせるおつもりですか」と笑って。


「まだだ」

「どうか、ご決断を。全てが失われる前に」


 その時、ヴィジャイが、喚きながら飛び込んで来た。

「デカい円盤が!」

 建設母艦カーレンが、コロニーの直ぐ近くまで来ていた。


          **


「また会いましたね、ダハム」

 ビデオ通話に現れたカーレン(のアバター)は、ぷりぷり怒っていた。

「これを御覧なさい!」


 建設母艦の映像。カーレンにとっては、これが実体。

 赤い枠で強調表示された部分に、他とは色が違う箇所がある。

 太陽系での戦闘で、エスリリスの主砲に吹き飛ばされた部分だ。


「貴方のせいで、こんなまだら模様になってしまいました!」

“いや、それはあんたの仲間が勝手に・・・”とダハムは思ったが。

 原因を作ったのは、自分である。


「なんというか・・・申し訳ない」

 渋々ながら、謝った。


「まあ、すんだことはしかたありません」

 一応謝罪があったので、カーレンも許すことにした。


“こいつ、まさか文句を言いに来たのか??”

 真意を測りかねていると、カーレンは意外な言葉を口にした。


「私は忙しいので、時間がありません。

 24時間だけ待ちます」

「は?」

「24時間です。それ以上は待ちませんよ!」


 カーレンの手元に、24時間を示すタイマーが出現。

 ばしんと上を叩くと、カウントダウンが始まった。

「その間に、ここに避難しなさい。

 居住区になってますから。気圧と温度は保たれています」

 そう言って、自分自身の、まだら模様の箇所を指し示した。


 ダハムは呆然と、カーレンの映像と、アバターの表情を見つめた。

 我に返ると、

「ヴィジャイ! グルディープ!」

 大声で2人を、それから他のスタッフを、呼び集めた。


          **


 カーレンが作業船を出してくれたが、客船ではないので、運べる人数が少ない。

 作業船を並べ、それを伝って宇宙空間を遊泳して、カーレンに避難する。


 一歩間違えれば、漆黒の宇宙に漂流して、回収できなくなる恐れがある。

 だが。生まれた時から宇宙で暮らしてきたクロードの民は、この困難を乗り越えた。


 24時間の期限が迫る頃。

 ダハムは、残留者がいないか、ヴィジャイに調べさせた。

 熱源探知で、残留0を確認すると、ダハム自身もカーレンに移る。


「ダハム、見ろ!」

 ヴィジャイが指し示す方向を見ると、聖墓とザッカウ-1も、カーレンに移送されていた。

“聖墓も持って行くのか。どうするつもりなんだ”

 そして、名残惜し気にコロニーを見つめる。

“先人たちの努力も、俺の代で潰えるのか・・・”


 全員が移動すると、カーレンは、駅が作り出したワープゲートに飛び込んだ。


          **


 何度かのワープの後、クロードの民は、見知らぬ惑星に降ろされた。

 周囲が20メートルほど盛り上がった、クレーターになっている。

 クレーターの底は、高温で融けた大地が固まって、ガラス状になっていた。

 傍らに、破壊されたザッカウ-1が。

 クレーターの向こうに見える丘の上に、聖墓が下ろされた。


 大型の空中ディスプレイが出現し、マリウスが姿を見せた。

「ウルカ様!?」

 クロードの民が驚いて叫び、ひざまずく。


“なんだ、マリウスじゃないか”

 映像を見たダハムは、顔をしかめた。

“みんなよく見ろよ、これのどこが女神様なんだ”

 と心の中で毒づくが、顔が同じなので、民が間違うのも無理はない。

 皆に合わせて、ダハムも跪く。


「詳しいことは追って決めるが、

 とりあえず、拠点惑星を開拓してくれ」

「拠点惑星? 開拓?」

「その惑星のことだ。そこの開拓を、委託する」

 怪訝そうに眉をひそめるダハム。

「それともう一つ。

 聖墓に眠る人々を、埋葬して欲しい」


 開拓、というのが気になるが、他に選択肢はない。

 ダハムが頷くのを見届けると、マリウスは行ってしまった。

「それだけですか!?」という声が聞こえたが、そのままディスプレイは消失。


 ほどなく、もっと小さなディスプレイで、マルガリータが現れた。

「まあ、そういうことなので。

 その惑星で、なんとかしのいでください。

 生存可能な状態に、改造済ですから」


「地図をもらえないか? 近くに街はあるのか?」

「地図データは差し上げます。

 街はないです。その星には、誰もいないので」


“こいつ、冗談を”とダハムは思った。

 後で、はっきりと、冗談ではないと知った。


          **


 クレーターの縁を登る。

 そして、ダハムとクロードの民は、息を呑んだ。


 どこまでも続く、緑の草原が、目の前に広がっていた。

 大きな川が、蛇行しながら、緩やかに流れている。

 遠くの空には、鳥が舞っていた。


 ダハムは跪き、手を伸ばす。

 指の間から、地味豊かな黒い土が、こぼれ落ちた。

「これが、土か・・・」


 こうして、棄民同然の旅立ちから、千年の時を経て、

 クロードの民は、ついに、

 開拓可能な大地に、到達したのだった。

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