第90話 全体会合
休日の午前。
「ご主人様、痛くないですか?」
「ああ、全然。むしろすごく気持ちがいいよ」
寝そべり九十度反転した暖炉の火を眺めながら、心地よさそうに
「このままひと眠りしたいぐらいだよ」
――
そんな様子を、上から覗き見た
「もうすぐお昼です。ご希望はありますか?」
「そうだな……今日は、チキンが食べたい気分だ」
「かしこまりました。腕によりをかけて作るです!」
あまりの心地よさに何もやる気が
「お客様のようです」
「休日に一体誰だ?」
扉を開けると、そこには見知らぬ女子生徒が一人立っていた。
「ごきげんよう。
赤と黒の龍衣。上院の制服だ。
誰だっけという言葉を飲み込んで、
「お、おう。えーと、何の用かな」
「お迎えに上がりましたわ」
貴族の令嬢を思わせる優美な所作で、女子生徒が
「迎えにってどこへ?」
「派閥の全体会合がありますの。お話、伝わっておりませんか?」
「いや、特には何も聞いていないかな」
「あら、これはたいへん失礼をいたしました。わたくしどもの手落ちですね。お許しくださいませ」
深々と頭を下げる女子生徒に、
「いやいや、許すも何も全然構わないけど。それでどこへ行けばいいんだい」
「はい。ご案内いたしますわ」
ふと振り返ると、
「よし、
「はいです!」
跳ねるようにジャンプした
「申し訳ございません。各群れからは代表者が男女一名ずつとなっておりまして、
「ん? ああ、そうなのか……とすると、
そんな浮かない顔を見越してか、
「それでは、
「おう、そうだな。楽しみにしておくよ」
「はいです!」
女子生徒が丁寧なお辞儀をして、
「それでは参りましょうか。
◇◇◇◇◇
「一年二年合同の巨大派閥が
「ええ、存じておりますわ。何でも例の転入生と、二年の
「今日は、その全体会合があると聞きましたわ」
「でしたら、わたくしたちも
ガシャーン! と茶器が割れるけたたましい音が寒空に響いた。
茶室にあるカフェテラス。粉々になった茶器がウッドデッキの上で散乱し、
「そんなこと絶対に許しませんよ。あの男の派閥に入るなど……絶対に認めません」
「しかし、
「そうですよ。将来のことも考えなくては」
飛び散った茶器を踏みつけるようにして、
茶器の破片を力一杯に踏みつける。その鋭利な刃は
その狂気をまき散らすような光景に、女子生徒たちは息を呑み、押し黙った。
ぜいぜいと荒い息を整えて、
「将来のことを考えるのなら、私のパパと敵対しないように立ち回る方が、よっぽど有意義だと思うけど?」
上院における
外交を無視した全方位への侵略。そのスタイルは、外交を重視し、
しかし、そんな
「私はパパに愛されているの。だから私の機嫌を取っておけば、あなたたちの群れも
困惑気味にお互いの顔を見合わせる女子生徒たち。
そんな中、一人の女子生徒が声を上げた。
「しかしね、
龍王・
その孤立した状況に
「私はね、どちらにつくのか、という話をしているの。私のパパを敵に回すか、巨大派閥を敵に回すか、という話をね」
「そんな乱暴な――」
「乱暴じゃないわ。敵対する者には死あるのみ。これがパパの教えよ」
押し黙った女子生徒たちを
「とにかく。あの男は詐欺師なのよ。今に見てなさい。化けの皮が剥がれてボロが出るはずだから。その時が楽しみだわ」
◇◇◇◇◇
女子生徒に案内された先は、上院本校舎の教室だった。
休日ゆえに授業はない。空き教室である。
そこは
「それでは
指定された席に着席すると、案内役の女子生徒は丁寧にお辞儀をして去っていった。
「遅かったわね」
隣の暗がりから声がかけられた。
腕組みをする
「よう。黒陽がどこにいるか知ってるか?」
「お姉様は来てないわよ。あたしが代理だし」
「ああ、そうなのか――って、すでに一名様が参加って
「当然でしょ。お姉様の代理はあたしにしか務まらないわ」
「ナチュラルに俺の群れに入ってるって
これはもしかして、
そんな
「始まるわよ」
暗がりの
教室後方から放たれる、強力な光石によるライトだ。
登場したのは
「さて、本日は貴重な休日だというのに、時間を割いてもらってすまないね。先日、一年・二年合同の巨大派閥が発足したということで、一度この辺りで認識をすり合わせておくべきだと思ったわけさ。で、本日の議題なんだけど――」
身振り手振りを交え、
「いいの? あのまま好きにさせといて」
「あん? 何か問題でもあんのか?」
「あんたも派閥の中心人物なのよ。それなのに
腕組みした
「別にいいんじゃねえか? だいたい前へ出て仕切れって言われても困るぞ」
「だからってこの扱いは納得がいかないわ」
「どうしておまえが怒ってんだよ」
「主人の
ガタン! と大きな音を立てて、
「俺のために怒ってんのかよ!?」
「ち、違うわよ! あんたはお姉様の主人になる男でしょ! だからお姉様の代理として、あたしは怒ったわけ。勘違いしないでよね」
薄闇の中でもわかるほどに顔を
「なんだよ。黒陽の代わりに怒っただけかよ。ビックリさせんなって。椅子から転がり落ちそうになっただろ」
ずれ落ちかかった尻の位置を元に戻し、前を向く。
壇上では
その後ろで
そして座りの悪さを感じた彼は、
「派閥も結局は、外交の一貫なんだよな」
「ええ、そうよ」
「だったらなおさら、ここは静観するのが正解じゃねえかな」
「どうしてよ」
壇上の
「見てみろよ。あの嬉しそうな顔を」
「
「ああ。だからここは、花を持たせておいてやるのも
「
「ああ、奴隷の件では譲歩してもらったからな。持ちつ持たれつ、そのお返しだと思っておけばいい」
「ふーん。お姉様風に言うなら、譲歩を引き出すための譲歩ってところかしら」
戦略的な話が
話は一区切りし、会話が途切れた。
檀上では
白チョークがカッカッと走り、『冬季特別実習』という大きな文字が
冬季特別実習は、中立都市・アシタナで行われる。毎年脱落者が出るような
会場の生徒――主に二年生から拍手が送られた。一年生は
大した興味を持てず、
「この派閥会ってのは、どのぐらいの
「ん-、そうね。月1ってところじゃないかしら」
「そうか。こんなのが毎週あったら、どうしようかと思ったよ」
「毎週あるのは茶会の方ね。年に何回かはパーティもあるわよ」
「げ、まじか……」
貴族社会の社交場に駆り出される自分を想像し、
「
まさか
そんなしみじみとした
「ま、このぐらい我慢しなさいよ。巨大派閥が完成したおかげで、教師たちは今頃大慌てのはずよ」
「どうして教師たちが慌てるんだ?」
「ふふ、それはね――」
どこか誇らしげに
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