第92話 将妃・烙陽の思惑
首都・
龍皇の暮らす鳳凰閣へ出入りできるのは、専属の侍女を除いては、六妃だけである。六妃の中でも特に
その日も、
龍皇付きの侍女から申し入れられた取次をやんわり断り、我が物顔で敷居を
鳳凰閣には多くの部屋が用意されているが、日中であれば大概は、夫は書斎に
しかし、書斎の扉を開けてすぐに
脱ぎ捨てられた龍衣が床に散乱していたためだ。全体に龍が
それらを拾い集めながら、
視線の先には、薄い
「あなた。いくら居所とは言え、侍女の目もあるんですから、きちんとした格好をしてくださいよ。これでは龍皇としての
小言を言いつつも、拾い集めた龍衣をまとめて脇へ置く。その際、最奥の壁に掛けられた
書物から顔を上げ、
「固いこと言うなよ。
「いつまで子供みたいなことを言ってるんですか。まったく、あなたは昔から何も変わりませんね。まぁ、そこが良いのですが」
夫の隣に座り、頬を赤く染めた
群れを旗揚げして数百年。
「それで? 今日は何の用だ。辺境における
龍皇の群れでは三つの派閥からなる戦力が存在する。一つは、将妃・
では、
通常、一つの群れに龍人男子は一人、もしくは二人までが定員の上限である。しかし、龍皇の群れでは龍人男子を積極的に迎え入れる政策を取っている。これは他に類を見ない
そして迎え入れた龍人男子たちを集めて
男は女より強くて当たり前。それが龍人族の常識であるから、
「その
繰り返すが、
その運営に口を出すのは、軍務の最高司令官たる
慌てて
「
「私たち?」
書物を机へ置き、手持無沙汰となった
「そうよ。私と
「とすると、黒陽絡みの案件か」
「なぁ、
「そうもいかないでしょう! 剣術だけが取り柄の男なんかに、あの子を任せられるものですか」
そこで
「黒陽が選んだ男だぞ。ただの剣術馬鹿とも思えんがな」
「ただの剣術馬鹿だから困っているの!」
「本当にそれは客観的に見てのことか? おまえは常々、子供たちに言い聞かせているだろう。物事は、一歩引いて全体を見ろってな。何か変な主観が入っていて、それがおまえの目を曇らせている――その可能性はないか?」
問われ、
「だからこそ、ここで証明するべきだと思うのだけれど」
「ふうむ」
唸る
「あの子の話では、婚約者は龍公クラスの剣術の使い手という話なのよ」
「龍公クラス? 相手は学生なのだろう?」
「そうよ。だから私も信じていないわ。けれど、もし本当だったとしたら?」
「そりゃ凄いが……にわかには信じがたいな」
「だからこそ、その確認のために
統領が不在の間、
もしこれが人間の国であれば、疑り深い皇帝の怒りを買いかねない危険な言動だ。下手をすれば命を落とすことだってありえる。
しかし、龍人の感覚はまるで違う。修羅場を共に潜り抜けてきた妃は、妻であり、戦友であり、大切なパートナーなのだ。裏切ることなど絶対にありえない。その信頼関係があるからこそ可能な強気の提案だった。
とはいえ、それは
「俺は別に、政略結婚なんて望んでないんだけどな。娘が幸せになってくれるなら、なんでもいい」
「あなたがそうやって甘やかすから、あの子がつけ上がるのよ」
「だいたい剣術馬鹿の何がいけないんだ。そういう例外があることは、おまえだって知っているだろう」
厚い胸板に寄せていた身を離し、
「ねえ。あなたこそ、変な主観が入っていないかしら?」
「やっぱり、まだ忘れられないのね」
気まずげにそっぽを向く
「そんなあなたのことを好きになってしまったのだから、仕方ないわね。私は未だに一番になれないのかしら」
悩ましげに吐き出される
「三日間だ。
「あなた。愛してるわ」
「おい、ちょっと待て。まだ昼間だぞ」
「別にいいじゃない。侍女に見られたから何だというの」
「龍皇の威厳はどこいった」
「たまには子作りとは関係のない純粋なスキンシップも必要だと思うの」
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