第85話 因縁の再会
早朝のダイニングでは、
彼女の用意してくれたベーコンエッグとレタスをパンに挟んで、
早朝のこの時刻、室内の温度はすっかり冷え切ってしまっていて、肌を刺すように冷たい。窓の外を見れば、小雨がぽつぽつと降り始めていた。
「すみませんです。
早朝の一番冷える時刻。冷気耐性の低い
「いやいや、そんな事気にしないでいいよ。寒かったら自分でやるからさ」
「そうはいきません。
やる気満々にそう宣言する
「前髪も少し切った方がいいんじゃないかな。半分目に掛かってしまっているよ」
「ご主人様は短い方が好きですか?」
「いや、そういうんじゃなくてさ。目に悪いかと思って」
「でも、前髪を切ったら見たくないものまで見えちゃうです」
自分に向けられる蔑むような視線。
「ごめん。
「いいえ、そんな事ないです。ただこうして視界を覆っておくと、嫌なものが見えにくくなるです。だから
おいで、と手招きして、おずおずと近づいてきた彼女の頭を撫でてやった。
「どうして
「今まで一人でよく頑張ったな。大丈夫。これからは俺も一緒だ」
けれど、公主様と気持ちが繋がっているとわかった今、もはや不安は感じなかった。優秀な嫁と協力して事にあたれば、きっと
「だけど、無理に見ようとする必要はないからな。
「可愛いなんて言われたら……恥ずかしくてご主人様の顔が見れません」
うつむき加減となった
「群れのルールは主人が決めていいらしい。だからこうしよう」
人差し指を一本立てて、
「食事は群れのみんなで一緒に取ること」
◇◇◇◇◇
二日目の今日。
話題はもっぱら、公主様と出会ってからの体験談が主だった。そうして話し込み時間が過ぎてゆき、そろそろ時間だということになったので、しっかり戸締りをして特別宿舎を出た。
早朝から降り始めた小雨が街路を薄っすら濡らしている。
吐き出す息は白く、宿舎の屋根まで昇っていく。
本校舎への道すがら、
「上院の必修科目は、全学年合同で行われるです。週に全部で三回あってその内のどれかに出席する形になります」
「それで昨日、
「はい。ですから、ご主人様の噂はもう上院中に知れ渡っているかもしれません」
「それは好都合だな」
口角を吊り上げた
来たる第二ラウンドへ備えて高ぶる戦意は、彼が紛れもなく龍人である証だった。守るべきものを背にした時に発揮される龍人の底力を、彼はまだ知らない。
◇◇◇◇◇
昇降口。指定の下駄箱で
途中、小さな売店を見つけ、値段が良心的だったこともあり
「うちの
群れの仲間を守ろうとする龍人の本能。声を荒げて振り向き放ったその言葉は、予期せぬ衝撃によって途中で
「な、なんであなたがここにいるのよ」
震える声でツインテールの美少女が言った。かつては明るく生気に満ちていた顔は嫌悪に歪み、亡霊を見たかのように蒼白だ。
「お、俺は上院への仮入学が決まって……」
胸が苦しく、頭がクラクラした。
それでも、
「
かつて愛を誓い合った少女は、
「あなたとの関係を完全に絶つために、パパに頼んで推薦状を書いてもらったのよ。あのまま下院にいたら、どんな噂が立つかわかりませんからね」
「どうして……
「私のパパは偉い人なの。強めの抗議文を添えて
「そこまでして……俺と距離を置きたかったのか」
周囲に人影がないことを確認して、
「当然でしょ。私の汚点になるって言いましたよね」
キッパリと断言する
時間が解決してくれる――という言葉があるが、半年以上経った今でも
そんな
「それより、あなたの方こそ何なのよ。上院への仮入学って……あなた剣術以外は、
「その剣術が認められて仮入学が決まったのさ」
「嘘つき。やっぱりあなた詐欺師ね。剣一本で上院に上がれるはずないじゃない」
「
「はぁ? 嫌味のつもり? だいたい気安く呼び捨てにしてんじゃないわよ」
二人の間に入った亀裂はかくも大きいものなのか。その修復不能な断裂の深さに、
「入学当初は楽しかったよ。いい夢を見られたと思う」
「私にとっては思い出したくもない悪夢だけどね」
「ああ、俺にとってもそうさ。ずっと悪夢を見ているようだった。でもだからこそ、あいつと出会うことができたんだ。今では振って貰えて良かったとさえ思ってる。あのまま無理して一緒にいたら、俺たちは二人して不幸になっていただろうしな」
「ふんっ。捨てないでくれって泣きべそかいていた男が偉そうに! 一体どこの白馬のお姫様が迎えに来てくれたというのかしら」
険悪になりつつある空気を感じ取った
白馬のお姫様という表現が可笑しくて、
と、そこで
「あ、
遠目からでもわかる長身と鋭い眼光。上院の
「何やってるのよ。授業始まるわよ」
「ん、そうだな。
「はいです!」
過去との決別を決意した
「ちょっと待ちなさいよ!」
背後からヒステリックな叫び声が追いかけてくる。
「まさか……まさか、あんたの新しい彼女って
「そうよ」
「いや、ちげえよ!?」
コンマ一秒も置かずに
「そ、そうよね。
「おい! 既成事実作戦はまだ続いていたのかよ」
「当たり前じゃない。お姉様を娶ったら、セットであたしも
「いやいや、あくどい抱き合わせ商法みたいな真似してんじゃねえよ!? てか、ついてくるの字違うからな、それ。完全に悪霊のノリじゃねえか」
そこで
「男は嫌いだけど、お姉様が愛するというのなら仕方がないわ。お姉様とキスできないのなら、あんたを介して間接的にキスすればいいのよ。ね? 名案でしょ?」
「全然、名案じゃねえよ!? しばらくぶりだなその狂人ムーブ」
そこで
「あんたの唇を介して、今ここでお姉様と一つになりたい!」
「一つにならなくていいよ!? てか、仮に俺とキスしても黒陽とは一つになれねえだろ。それは気のせいってもんだ」
「いいのよ。気分の問題だから」
「よくねえよ!? 主に俺が!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てながら、一行が去ってゆく。
その後ろ姿を呆然と眺めながら、
「嘘でしょ……
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