閑話 公主様の勧誘活動
公主様はとても有能な
どのぐらい有能かというと、彼女一人に任せておけば万事が上手くいく――誰もがそう思うほどに有能だ。むしろ、余計な口出しをするとかえって状況が悪化しかねない。これは獣王の森の事件や、エレシア・イクノーシスの事件でもそうだった。
だから公主様の思うがままに行動させてあげたいと
「いいか。
などと、下院の女子生徒たちを集めて演説し始めるのだから困ってしまう。
百歩譲って(譲りたくなどないが)ハーレムを許容するにしても、下院の女子生徒を片っ端から勧誘していくのはやりすぎだ。このまま放っておいたらまず間違いなく、巨大なハーレムが形成されるに違いない。
朝起きたら、見知らぬ女性たちに囲まれていた。
なんて事が、夢ではなく現実に起こり得るのである。美味しいシチュエーションかと思うかもしれないが、それを望まぬ当人にしてみれば軽いホラーだ。
けれども、そんな事はお構いなしに公主様は言う。
「下院の成績最下位。おまえたちは、
公主様が集めようとしているのは、六妃ではない。妃たちの部下となる武姫を下院の女子生徒から集めようとしているのである。学生の内から武姫を選出するのは異例中の異例で、上院の生徒でさえそんな無茶はしないそうである。
だが、彼女は意気揚々と告げる。
「私は、
昇降口前の広場。空き教室。剣術訓練用の舞台上。隙あらばあらゆる場所で、公主様は演説を始めてしまう。
そんな時は、集まった群衆へ散会を命じて、公主様の手を引いてその場から離脱するのだが、
「まるで駆け落ちみたいだな」
などと、嬉しそうな顔をして言うのだから怒るに怒れない。そしてそんな彼女が可愛く思えてしまうのも、対応が中途半端になってしまう原因だろう。
隙あらばハーレム拡張運動。
その矛先は下院の生徒――龍人だけにとどまらない。
これは、先日のボロ小屋での出来事である。
「身よりがないというのは本当か?」
「はい。天涯孤独の身となってしまいました」
「ウエスポート出身だそうだが、故郷に帰りたいと思うか?」
「……いいえ。一応、家はありますけど財はすべて持ち出しての旅路だったので、食べていく当てはありません」
「ふむ。商人の娘だったということは、商業の知識はあるのだな?」
「算術や交渉は得意です。帳簿もつけられますし、目利きには自信があります。これでも小さい頃から世界中を旅して回っていましたので」
「ほう、それはなかなか役立ちそうな特技ではないか」
「そうですかね。でも、元手となる資金がなければ何もできません」
「安心しろ。それはこちらで用意する」
「え?」
狭いボロ小屋。長机を挟んだ公主様の正面に、給仕服に身を包んだアリスが背筋を伸ばして座っている。面接さながらの様相に、困惑顔のアリスが首を傾げた。
そんな困惑などどこ吹く風、空気を読まずに公主様が自信満々に言う。
「
「あの、群れって……私も
「ハーレムではない! 群れだ。低俗なハーレムなどと一緒にするな」
公主様の強い断定口調に、気の弱いアリスがビクリと肩を震わせた。
「あの、でも、龍人の方たちって妃を複数娶るんですよね。それってハーレムなんじゃ……」
「違う!」
「あの……その……ごめんなさい」
なぜかアリスが頭を下げた。
「
「あの、龍人族って力こそ正義の種族なんですよね。私、力ないですよ」
「適材適所という言葉がある。力が全てという考え方は時代遅れだ」
そう言い切った公主様の顔は、興奮からか薄く上気していた。
「群れがまだ小さい内は経済基盤の確立が難しい。そこで重要となってくるのが家計のやり繰りだ。われわれ龍人にとって、家計とは群れ全体の収支を指す。商人の娘としての経験は、きっと役に立つはずだ」
このような形で、群れという文化に馴染みのないアリスにまで、勧誘活動が行われる。
けれどそれは、公主様の愛であると
しかし、
「半龍人というのもぉ、なかなか面倒なものですねぇ」
回想に沈んでいた
「公主様にぃ、全部任せておけば左うちわなのですよぉ。だというのに、変なこだわりがあるのは人間の血が混ざっているせいなのでしょうねぇ」
バクバクと。お団子頭の
公主様が上院の商業施設から取り寄せた高級饅頭セット(6個入り)の箱が、年季の入った長机の上へ置かれている。幼女先生が最後の一つに手を伸ばした。
「先生、それは俺の分です」
「えー、ケチケチしなくてもいいじゃないですかぁ」
「一人一個なんだから、ちゃんと守ってくださいよ」
「大人は二個、子供は一個なのですぅ」
「その理屈だと、俺の分がゼロ個なんですけど?」
ぶー、と不貞腐れる幼女を冷めた目で見つめ、
「だいたい、なんで先生が
「先生の部屋はぁ、エクレアさんと公主様が壊したので改装中なのですぅ」
「そういえば忘れてましたけど、先生も被害者だったんですよね。あまりにも能天気すぎて悲壮感がないから忘れてました」
「むー! 失礼な生徒さんですねぇ! 姫位六階級の最高位たるこのわたしに何という無礼な――」
「あ、そのセリフ。偽物の方がもう言ってましたんで、
「既出だからなんだと言うんですかぁ! 本物のわたしをまるで偽物みたいに言うなですぅ!!」
憤慨した! という風に両腕をバタバタと動かして駄々をこねる幼女は、エレシア・イクノーシスが演じていた
「これじゃあ、本当に見分けがつきませんね。どうりで、誰にも気づかれることなく、五年間も演じ通せたわけです」
「そんなに似てるですかぁ?」
「ええ、本物と偽物の見分けが今でもつきません」
「やっぱり、俺って変ですかね」
「お饅頭を強奪する
「いや、だからこれは俺の分……って、そうじゃなくて、群れの話ですよ」
「そりゃ、変ですよぉ。女なんて適当に
「とは言いますけどね。俺の身にもなって考えてくださいよ。この前なんて、一人紹介したら2ポイント、紹介した子が別の子を連れてきたら1ポイント授ける、とか言い出したんですよ。完全に詐欺師の手口じゃないですか」
「ポイントってなんですかぁ?」
「いや、大事なのはそこじゃなくてですね。勧誘方法がだんだんと強引になってるって話なんですよ」
公主様が募集しているのは妻となる六妃ではなく、部下となる武姫だ。多才な人材が集まれば集まるほど群れは安定するので、彼女は一生懸命になって、勧誘活動に精を出しているわけである。だが、
「六妃待遇ならまだしもぉ、武姫待遇では簡単には人は集まらないでしょうねぇ」
「その無理を通すために、だんだん過激になってきてるんですよ。放っておいても誰も食いつかないとは思いますけど、不安が拭いきれません」
「そうですねぇ。先生も勧誘されましたからねぇ」
「先生まで!? 手あたり次第にもほどがあるだろ!?」
「とはいえ、制度的には可能なんですよぉ。嫁入りの際にわたしが従者として同行すること自体は。けれど、武姫を従者とした前例はなく、見境がないのはその通りかもしれませんねぇ」
「先生、頼むからあいつを止めてやってください。俺が言っても聞かないんです」
「それは無理でしょうねぇ。……ああ、そういえば。さきほども昇降口の辺りで演説していましたよぉ。なんでも、友達を誘って十名まとめて入会するなら、抽選で一名様に
「!?」
ガタン! と椅子を蹴って立ち上がる。
「抱き合わせ商法みたいなことやってんじゃねえよ!?」
「
サァ……と、
「
ボロ小屋に一人残された幼女は、しみじみとそう呟くと高級饅頭セット(6個入り)の箱を引き寄せて、最後の饅頭を口に放り込んだ。
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