剣一本で覇を握る! 無能と呼ばれた少年は公主様の献身によって成り上がる ~ところで、公主様? 勝手にハーレム作ろうとするのやめてもらっていいですか?~
第72話 みんなが笑って過ごすことのできるただひとつの道
第72話 みんなが笑って過ごすことのできるただひとつの道
嵐は過ぎ去り、突き抜けるような青空が視界いっぱいに広がっている。
庭園の芝へ寝そべって、
事件が解決してから三日が過ぎた。
学園長に対しては、公主様の方から今までの長い経緯が語られ、そして仲良く二人揃って長い説教をぶちかまされた。もっとも、彼らの
それもこれも、公主様が全部泥をかぶってくれたから、というのもある。彼女が庇ってくれなかったら、確実に
行方不明となっていた女子生徒――
エレシア・イクノーシスの残忍な呪術によって、無慈悲に自我を消去され、植物状態となってしまったのは全部で三名。寝台で寝たきりとなり、二度と目を覚まさないと医者からは宣告された。学園側は彼女たちを
ジャリッ。
石を踏む音が頭上で鳴った。
人の気配に
そこにはエレシア・イクノーシスが立っていた。
防衛本能から
「ごめん。まだ慣れなくて」
「いえ、私の方こそ驚かせてしまったみたいでごめんなさい」
ぺこり、とその人物は頭を下げた。太陽光を反射した金色の髪がその動きに合わせて、
「故郷には帰れそうかい?」
「いえ、
「え、でも馬車にあった写真には……」
「あの写真は、母が生きていた頃の最後の写真なんです」
「そっか……、だから写真の中の君は今よりも若かったんだね」
少女の青い瞳が悲しげに揺れた。
己の失言に気付き、
「ごめん! 本当にごめん。俺ってデリカシーがないよな」
「そうですよぉ。
「――なにもない空間から声がした」
「ナレーション風に失礼なことを言うなですぅ!」
視線をやや落とすと、プンスカと幼女が両腕を使って怒りを露わにしていた。
「
「仕方ないですねー。今回だけですよぉ」
カランコロン、と幼女が口の中で飴玉を転がし、ご満悦の表情を浮かべている。
「それにしても恐ろしいのは、性格まで完コピしていたエレシア・イクノーシスの演技力ですかね。こうして本人を前にしても、まったく違いがわからない。実は先生、まだ乗っ取られたままだったりしません?」
「失礼ですねぇ! あのような不覚、二度と取りませんよぉ!」
「で、いつから乗っ取られていたんです」
「はて? 記憶の欠落具合からして五年ほど前になりますかねぇ」
さらっと幼女は言うが、五年というと長寿である龍人であっても、決して短いとは言えない歳月である。失った時間は二度と戻らない。幼女の頭を撫でてやると、ウガー! と振り払われた。
「先生を子供扱いしないでください!」
「いや、飴玉を転がしながら言われても……カランコロンと音してますし」
「まぁ~、一応感謝はしてるんですよぉ。あなたたちのおかげで、こうして正気を取り戻すことができましたからぁ」
「感謝の言葉は、黒陽に言ってやってください。俺は、加工された魂を元に戻せるなんて考えもしませんでしたから」
魂転化の術を受けると、魂は器へと加工され、自我を失う。それは死と同義であると
「私の体を乗っ取ったあと、奴はどうするつもりだったと思う?」
公主様が言うには、こういうことらしい。
エレシア・イクノーシスは公主様の体を手に入れた
これは、完全犯罪を企むエレシア・イクノーシスとしては、絶対に避けたい事態だったはずである。
「ならば奴は、回避策を用意していたはずだ。いや、
その策というのが要するに、加工した魂を元に戻す方法。自我の復元である。
「私の体を乗っ取り我が物とした後は、
そして女教師たちの酒場で語られる噂話――五年前、記憶喪失となった下院の従業員がいたこと――も、公主様の推理を裏付ける根拠となった。
「おそらくエレシア・イクノーシスは、学園で作業する従業員の体を奪い、潜伏していた。そして次に
そして事実、公主様の予想通り、魂転化の術には自我を復元する術式が組み込まれていた。
「そう。俺が対処していたら……先生は今こうして笑っていられなかったかもしれない。
飴玉をカランコロンとやり、右のほっぺを丸く膨らませながら幼女が神妙な顔つきをした。
「そうですねぇ。公主様にお礼を言わなければなりませんねぇ」
「はい。私も命の恩人にお礼が言いたいです」
◇◇◇◇◇
「このような小屋はお姉様に相応しくありません。即刻、建て替えましょう」
「何を言う。ここは
「ちょ、ちょっと陽ちゃん。愛の巣って、ななな、何言い出しちゃってんの!?」
騒がしい。
いや、これは賑やかになったというべきなのか?
学園に入学後、しばらくしてから桜華と出会い、魔術研究棟の敷地の隅にひっそり佇むボロ小屋を発見した。
授業の空き時間に足を向け、暇潰しに利用してきた桜華と二人だけの秘密基地。けれど二人が揃うことはなかなか無くて、どこか物寂しい静かな空間だったと思う。しかし今、その空間は
ボロ小屋の入口で、扉を開きかけた状態の
「あの、どうかされました?」
「ああ、いや。どうやらタイミングが悪かったみたいだからまた今度にしようか」
アリスの隣。背伸びでは到底足りない低身長の幼女がぴょんぴょんと跳ねながら、
「いいから早く進んでくださいよぉ」
などと文句を言う。
プレッシャーを背に感じつつ、けれど
「とにかく! わたしは翔くんの群れとは無関係ですから!」
「ちょっとあんた、お姉様に逆らう気?」
「
「はい。申し訳ありません、お姉様」
「あー! この人、絶対反省してないよ。目が笑ってないもん」
「すまない、桜華。
根本的価値観の異なる人間には、群れという概念の理解はとても難しい。果たしてこの光景は、アリスから見てどのように映るのか。ハーレムを築き上げて、ふんぞり返る
日を改められないだろうか、などと
「そんなことより例の作戦はどうだったの? 翔くんのこと騙せた?」
「ああ、万事抜かりなく進行することができた」
「えー!? じゃあ、もしかして……」
「ああ、愛を叫んでもらうことができた」
「えええええ!? あの翔くんが、本当に!?」
「誰も傷つけることなく、エレシア・イクノーシスを討滅し、かつ私の夢も叶う。一石三鳥の妙策は見事成功を収めたのだ」
「陽ちゃん、すごく嬉しそう! でも翔くんだけは知らないんだよね。一言一句聞き漏らすまいと、陽ちゃんが
「そうだな。早期の段階で私は目を覚ますことに成功した。だが、せっかくの愛の告白に水を差すわけにはいかない。騙すような形になってしまった事だけが心残りだ」
「ぷぷぷ、きっと事実を知ったら恥ずかしさの余り死んじゃうかも」
ガタン! とドアが大きく開け放たれた。
ボロ小屋の内部が一気に視界に展開される。部屋の隅っこで談笑していた三人娘が、大きな音に驚いてこちらへ視線を向けた。
「おい、まさかとは思うが。愛を叫ぶ必要はなかった、とかそういうオチじゃないだろうな」
公主様の目がすっと泳いだ。右へ左へ。
「正直に言おうか。一体、いつから意識があった?」
退路を断たれて観念したのか、公主様はふっと
「
「最初からじゃねえか!?」
カッと大量の血流が顔面に集まり、この場から消えてしまいたい衝動に
「まさかとは思うけど、最後も……?」
「一口一口を味わうように交わされた甘美にして濃厚な口づけのことなら、もちろん覚えている。野生の本能が
「んがぁ……」
公主様の唇を
桜華の予言通り、
室内に遠慮がちに入ってきたアリスが「きゃあ」と悲鳴を上げ、百歳を超える見た目幼女の耳をなぜか両手で塞いだ。そのリアクションが
いつの間にか公主様は余裕を取り戻していて、その漆黒の瞳は挑むように
「だから言ったではないか。あなたを騙すような真似をしてすまなかったと」
「騙すような真似ってそういう意味だったのかよ。俺はてっきり出し抜かれたことを言ったんだとばかり」
「ふふ、だからその罰はもう受けている。それとも追加で罰を与えるか?」
そう言って、公主様は目を閉じて薄桃色の唇を差し出した。
ふと、
公主様の両肩を掴んで向き合っている。それはまるでキスをしようとしているかのようではないか。
桜華が「ヒューヒュー」と野次を飛ばしてくる。とてもうざい。目障りである。
アリスが「きゃあ!」と黄色い悲鳴をあげて、なぜか見た目幼女の目を覆った。頼むから幼女ではなく、自分の目を覆ってほしい。
両目を塞がれた幼女が、「子供扱いしないでくださいよぅ!」と暴れている。正直、ここはどうでもいい。そのまま一生目を閉じていてくれ。
収拾のつかなくなったカオスな状況に、やけくそになった
「あああああああ! どうしてこうなるんだよ!?」
そして追い詰められた彼は、焦燥感に尻を叩かれる形で公主様の額にキスをした。唇でなかったのは、やっぱり彼は照れ屋であったから。人前でイチャイチャするのは恥ずかしい――その本質は、公主様の
ボロ小屋には熱狂的な悲鳴が飛び交っている。桜華とアリスは言わずもがな、なぜか
「ふむ。この小屋もなかなか賑やかになったようだな。アリスを群れに迎えたいというのなら、今回は反対しないぞ。なにせ悪意のある殺人鬼は滅びたからな」
キスを終えたばかりの恋人は大真面目な顔でそんなことを言う。さりげなくハーレム計画を進行しようとする婚約者へ、
「だ・か・ら! 俺は
女子たちの「きゃあ!」という黄色い悲鳴がボロ小屋を震わせた。
後に桜華から、死ぬほどいじり倒されたのはまた別の話である。
―――― 第三章 終 ――――
【第四章 予告】
当初こそ、麒翔の実力を、その価値を正しく認識していたのは公主様だけだった。けれど、エレシア・イクノーシスの事件を解決した事で、学園の下した評価が誤りであった事に女教師たちは気付き始める。そして彼女たちの下した決断は、
――上院への昇格が妥当。
魅恩、風曄、明火の推薦を受け、麒翔は上院への仮入学を果たすことに。
しかし、学園長の青蘭はいまだに麒翔の存在を認めていなかった。上院の教師へ命じ、その鼻っ柱をへし折るように指示をだす。
公主様が見つけてくれたから、麒翔は評価を得るための舞台へ上がることができた。この千載一遇のチャンスを絶対に無駄にはできない。そして力を隠すことをやめた彼の真の実力は……!
――そして明かされる、適性属性の謎。
NEXT
「第四章 公主様との婚約を認めさせるまで」
お楽しみに!
現在、第四章を執筆中です。
事前にご連絡差し上げましたとおり、四章の執筆を終えてから連載を再開します。
また別途、閑話は投稿する予定となっております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます