第69話 公主様に愛を叫ぶ
体を捻るようにして
「まったく、俺の嫁は本当に優秀すぎて参っちまうぜ」
ほんの数センチ先を
「よく考えてみりゃ、アダマンタイト製の
軽口を叩き、それでいて油断なく腰を落として身構える
「素晴らしいですわ。十五の
広げていた両手でそのまま自身の体を包むように抱き、エレシアがぶるぶるっと身震いしてみせた。我が物顔で恋人の身体を占拠する厚かましき略奪者に、
「残念だったな。てめぇがその身体を好き勝手できるのもここまでだ」
「あら? 魔術も使えない出来損ないのあなたに何ができるというのかしら?」
「ああ。こんな出来損ないの俺でも、どうやらできることがあるらしい」
「だったらその悪あがき、見せてもらいましょうか!」
再び、エレシアの掌が照準を定めるように前方へ突き出される。
「
轟! と唸りをあげて、呪力を伴った闇の波動が射出された。が、十分な準備を終えていた
高出力の呪力波へそれ以上の強いエネルギーをぶつけて相殺する。接近戦――剣の間合いにおいて、《剣気》は無類の強さを発揮する。
漆黒の呪力波から断末魔を思わせる
キィィーン、と耳障りな音を残して、塔内に静寂が戻る。
エレシアの放った
「あの時のように肩口からバッサリとやりますか? ふふふ、それは無理でしょうね。他人と愛する者とではまるで別。命の価値が違いますからね」
「命の価値が違う、か……言い方は悪いが、まぁ間違っちゃいない。俺は黒陽の命を守るためなら、教師だって叩き斬る覚悟でいたからな」
軽口を叩きながら
と、地面に投影された
紫炎の《剣気》が
「あはははは! 無詠唱をこんなにも簡単に! なんという使い勝手の良い体なのでしょう! 素晴らしい、素晴らしいですわ」
高笑いをあげたエレシアが、今度は右の拳を握るような仕草を見せた。
激しい
方向転換の間に合わなかった黒い鎖の群れは、目標をロストして螺旋階段の手すりを破壊。
地上数十メートルを滞空しながら
「あー、どこまで話したんだったかな。ああ、そうそう。一目惚れだったって話までだったか。
と、その告白を邪魔するように中空へ巨大なギロチンの刃が出現。これを最大出力の《剣気》で合わせ、力任せに押し返しながら、
「夜闇の決闘で勝利した時は、鎌を掛けるつもりで『俺のモノになれ』なんて言ったけど、あれは半分本気だった。メチャクチャにしたい衝動を抑えるのにどれだけ苦労したか。知らなかったろ?」
魔術増幅用の装身具込みで放たれた闇魔術は、獣王の森で目にした時よりも出力が上がっていて、
「って、やべえ!?」
「ふふふっ! この性能を相手によくもった方……と褒めてあげましょうか」
大きくたたらを踏んで顔を上げた正面には、エレシアが準備万端という体勢で待ち構えていた。凛と正した佇まい、漆黒の黒髪が全身に
だがその掌は、一切の慈悲なくこちらへ真っ直ぐ向けられている。それは
十分な《剣気》は練れておらず、またバランスを崩したことで回避へ繋げる初動を逃し、隙だらけとなった
唸りをあげた強力な呪力波が、螺旋階段と壁面を大きく削り、雨の降りしきる庭園の上空へと抜けていく。いかに高出力の
「クソッ、なぜ狙いが
「そうか。そういうことか」
片眉を吊り上げ、悔しそうに歯噛みするエレシアを視界に収め、
エレシアの苛立ちに呼応するように、彼女の影からビー玉サイズの黒い泡がボコボコと浮き上がり、無数の黒点となり空中へ固定されていく。エレシアの姿が見えなくなるほどに黒い弾丸のようなそれがひしめき合う様子を見て、次に放たれる攻撃をイメージした
「
黒い弾丸が、一瞬前に
「群れを作るのだってそうだ。俺と考え方も価値観も違うけど、根底にあるのは俺への忠誠心なんだろ。正直、
腕の振りを大きく取り、小回りを利かせて一歩は控え目に取る。とにかく足を死に物狂いで動かしまくる。高速で回転する両足は、円柱状の塔内の壁を水平に走れるほどに速かった。
エレシアが美しい
その合図を受けて何百という弾丸が一塊となって、ダース単位で射出される。
ズドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!
辺り一面に、
壁面へめり込むように無数の弾丸がスタンプされ、360度全方位に回避運動を続ける
円筒状の塔内をハムスターの
「口下手の
ズドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!
銃弾の雨を
ズドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!
塔を構成するブロックレンガに弾丸が突き刺さり、
ズドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!
次第に粉塵は、薄暗い塔内をさらに不明瞭なものへと変えていく。
蜂の巣となったブロックレンガから立ち昇る煙幕のような粉塵。視界が悪化したその一瞬の隙を突いて、
「だったら早く、みんなで笑うために戻ってこいよ!」
真っ直ぐ公主様へ向けて、全速力で駆け抜けてゆく。
最短距離を全力で、二人の距離を縮めるために疾走する。
「さっきからこの男は、何をピーピーと
ボッと煙幕を突き破るようにエレシアの視界に
煙幕を利用して
剣に宿す《気》を昇華させると《剣気》へと変わる。同様に肉体に宿す《気》を昇華させると《闘気》へと変わる。
そして失われた秘術である《闘気》は、肉体を守る鎧の役目も果たす。身を小さく縮めて跳躍、被弾面積を抑えた上で両腕で顔面をガード。さらに《闘気》で全身をコーティング。殺到する黒の弾丸を真っ向から迎え入れた。
それは金属音に近かった。
キンッ! とか、ギンッ! とか、そんなような甲高い音が弾丸の数だけ打ち鳴らされる。
分厚い弾幕を押しのけて、公主様の前へ立つ。
エレシアが次の行動を起こす前に、その腕を取って力任せに押し倒した。
「婚約した時だってそうだ。俺の意図を
いかに公主様がハイスペックな性能だと言っても、本気になった
「だけど今度は、リードされてじゃねえ。俺の方から、俺の意志で率先してやってやるよ」
「何をわけのわからないことを言っていますの! 放しなさい。目障りですわ」
組み敷かれ、自由を奪われたエレシアは大口を開けた。
――ノータイムの闇の
桜華の妄言が頭を過る。
「愛する王子様のキスで目覚めるんだよ。知らないの?」
反射的に、その大口を塞ぐように
そのまま
ソフトなやつではない。
ずっとこうしてみたかった。毎夜の妄想を再現するように舌を絡ませ、貪るように公主様の唇を
これは公主様を目覚めさせるための儀式なのだという免罪符が、
初めは激しい抵抗のあった公主様の体は、行為が激しく熱を帯びるに従って、次第に力を失い脱力していった。
最後に名残惜しそうに口を離すと、公主様は気を失うように目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます