第50話 女教師たちの酒場2
一日の疲れは酒で癒す、と
無能と蔑んでいた生徒が公主様と婚約し、納得のいかない
時刻は夜半。
小雨が降り始めている。
上院の商業施設で飲むよりも、隠れ家てきなこじんまりとしたBARで飲む方が乙というもの。本当は派手物好きな
カウンターには、すでに先客が二人いた。
三角眼鏡にツンとした美人・
「また二人して内緒話ですの」
無口で大人の色香漂う
「まったく、公主様と婚約したことでますます調子に乗っているようですわ。もっとも卑しい出自のものがいくらイキがったところで、社会に出ればたちまちの内に死んでしまうのが世の常。その時が楽しみですわね」
毎度、愚痴に付き合わされる形のバーテンダーは、きゅっきゅとグラスを磨きながら
頼んでもいないのに、毒酒と一緒に串焼きの大皿がカウンターへ置かれる。
「けれど、まったくの
炭火で焼かれた串焼きを
「もっとも、覚悟があっても実力が伴わなければ意味がありませんわ。適性属性なしという身分で公主様を娶るなど、とてもとても」
苦笑交じりにゆるゆると首を振り、
あの二人はいつもああだ、と
「それだけ入念に打合せしているのなら、もうあのような失態を演じることはありませんよね。もう二度とあんな面倒事はごめんですわよ」
「ちょっと、
「そ、そんなことはぁ……」
「ああ、困ったことになった」
幼女がバタバタと腕を動かし、慌てた様子で言い繕おうとしたところを、その隣でワイングラスを傾けていた
「はぁ!? 女子生徒が一人行方不明!?」
告げられた
龍人族という種族は、仲間が傷つけられることを決して許さない。妃が傷つけられれば同族・他種族を問わず戦争にまで発展するし、そうでなくとも、群れの仲間が傷つけられただけで、最高幹部たちが動くほどの大問題になりかねない。
そしてこの学園は龍皇の群れの一部であり、学生たちもまた、学生の間は龍皇の群れに所属するという体裁が取られている。つまり、学園内で学生が行方不明になれば、その監督責任を学園長である青蘭が取らされることになるし、血の気の多い他の妃たちが、この機に乗じて乗り込んでくる可能性だってある。
「それはまずいですわよ。元々、妃位に就いたばかりの
ぞわっと全身に悪寒が走り、
「就寝前に行われる点呼の際に、一人足りなかったらしいんですよぉ」
幼女も同じ想像をしているのか不安そうに言葉を紡いだ。
「これは由々しき事態ですわ。今すぐ学園長に報告しましょう」
「それは駄目だ」
今まで沈黙を守ってきた
「はぁ!? 貴方、報告義務を
「
学生の身分で群れを作ることは学園規則で禁止されている。そして群れとは、最初の妻と契りを結んだ瞬間に成立する。もし、
女子生徒が退学になる分には、まだいい。問題は相手の男子生徒の方だ。男子生徒が学園を卒業できなかった場合、爵位は与えられず無印となる。無印とは犯罪者の烙印と同義であり、一度無印となれば、二度と爵位を与えられることはない。出世の機会は永遠に失われ、それは龍人社会における死を意味する。ゆえに落第の基準は低く設定されており、仮に落第したとしても必ず退学となるわけではない。
「いいえ、規則は規則ですわ。退学にしてしかるべきなら、退学にすべきです」
「それは乱暴ですよぉ。女子生徒が無理矢理押しかけただけだったら、どうするんですかぁ。男子生徒は被害者みたいなものですよぉ」
幼女の援護射撃に、
「例えば、
ぐっと
「いつもいつも、貴方たちはそうやって二人で示し合わせて協力して……まったく、どちらの差し金か知りませんけれど。獣王の森での一件も、実は裏がある、なんてことはありませんわよね」
軽く息をつき、
「そんなワケないじゃないですかぁ」
童心に帰って――というより、見た目も心も幼いままの同僚教師に呆れかえり、
「
暗にやましいことがあるのではないか、と
「まぁいいですわ。下院統括の
二人の同意を得て、問題は先送りされることになった。
手にしたグラスを
「そういえば五年ほど前、下院の従業員が行方不明になる事件がありましたわね」
「あぁー、あの時も大変でしたねぇ。大騒ぎになりましたぁ」
「けれど結局、次の日には見つかったんでしたよね」
「そうそう。すぐに発見されたんですけどぉ、不可解なことに記憶喪失になっていたそうですよぉ。なんでもぉ、数年分の記憶が抜け落ちていたんだとかぁ」
ホラーの季節は終わったというのに、薄気味悪い話である。
「今回と少し状況が似ている気がしますわ。記憶喪失は困りますが、無事に見つかってくれるといいのですが」
夜半から降り始めた小雨はほどなくして止んだが、代わりに強い風が吹き始め、分厚い黒雲を運んできた。
学園に嵐が到来しようとしていた。
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