第56話 風魔術担当・風曄教諭
「分厚い壁の部屋だったからな。隣の準備室にでも居たら、気付かないかもな」
「ちょっと翔くん、変な気を起こさないでよ」
居留守の可能性はある。例えば、扉の向こうで息を潜めているかもしれないし、拉致した女子生徒を隠している最中かもしれない。
踏み込むことは物理的に可能だ。いかに頑丈な扉だとしても、
「わかってるよ。証拠が揃っていない段階で強行突破はできない。これ幸いにと退学にされかねないからな」
ほっと胸を撫でおろした桜華を連れて、教師棟を出ようとしたところで声が掛けられた。
「今は
おかしいな? と首を傾げたところで、桜華が脇腹を小突いてきた。
「もぉ! 相変わらず失礼ですね、
「ああ、なんだ。
「なんだとは何ですかぁ! ダブルで失礼ですねぇ。わたしとしてはダブルチーズバーガーは好きですけどぉ」
「あいにくハンバーガーはないので、これで許してください」
龍衣の袖口のポケットから
「それで
「それが
「ああ、それならぁ。ついさっき本校舎の方へ戻りましたよぉ」
どうやら
「な、なにをするですかぁー! 先生は子供じゃありませんよぉ。頭を撫でるんじゃありません!」
「飴玉にご満悦の表情を浮かべておいて、その言い草は説得力がありませんよ」
「なにをぅ! 生意気な生徒ですぅ!」
「ちょっと翔くん、それはさすがに失礼だって」
「大丈夫だよ。いつもこんなもんだし」
「なにが大丈夫ですかぁ!
うがー! と両腕を上げて、抗議する目の前の幼女を冷めた眼差しで観察する。
だが、同時に
胸元に刺さるように引っ掛かった小さなトゲのような何か。不快なそれを振り払うようにかぶりを振り、
「
「しーっ! 大声で言ったら駄目ですよぉ。それは内緒の話ですぅ」
しきりに、誰もいない教師棟の廊下をキョロキョロと見回している。
獣王の森にて、奥地へ踏み入ることを幼女先生は見逃してくれた。その上、公主様重傷の件を巡っては、
「ああ、そうでした。すみません」
事を丸く収めるために、公主様の判断で森の奥地へ踏み入った、ということで口裏を合わせてある。この嘘が露見した場合、
「気にしなくて大丈夫ですよぉ。生徒を守るのが教師の務めですからぁ」
その口元には、幼女にそぐわない大人の笑みが浮かんでいた。
◇◇◇◇◇
横殴りの雨が吹き付ける中、しばらく渡り廊下を進んで行くと――
「げっ」
だが、その太陽のような女はすれ違いざまに、桜華に抱き着かれた腕とは反対側の腕をぐいっと引っ張ってきた。
「ちょっと、顔貸しなさいよ」
「なんの用だよ」
その女――学園長の娘・
「貸すのか貸さないのか、どっちなのよ。時間がないんだから、今すぐに[YES]か[はい]で答えなさい」
「俺が都合よく[YES]なんて言うと思ったか? 答えは当然、その逆の[はい]に決まってんだろって――どっちも同じじゃねえか!?」
小賢しい小細工にイラッとした
「
「は?」
不意に、胸元をぐいっと掴まれた。すごい力で引き寄せられ、
「ちょっと待て。何すん――」
頭突きをぶちかまされるんじゃないかって勢いで、迫ってきた暴力的な唇を、とっさに右手を滑り込ませてガードした。猿ぐつわのように塞がれる形となった
「むむー!」
その拘束を力づくでベリッと引き剥がした
「ちょっと、何するのよ!」
「それはこっちのセリフだよ!? いきなり何すんだよ」
「そんなの決まってるじゃない。キスするのよ」
「はあ!? ふざけんな!!」
その
「
「取ってねえだろ、初耳だよ!?」
「顔を貸すって言ったじゃない。顔には唇も含まれるでしょ。知らないの?」
「はぁ!? そういう意味だったのかよ! わからねえよ!?」
むちゃくちゃな暴論にさすがの
スレンダーな長身から、
「あんたと
「早くしねえよ!? だいたい動機が不純なんだよ」
「あんたバカなの? お姉様に捧げる愛のどこが不純なのよ。どこまでも透き通るように清らかでしょ」
なんだ? 俺の頭がおかしくなっちまったのか――と、
「群れってのは主人に仕えるもんだろ。おまえの言い分じゃ主人は黒陽じゃねえか。百歩譲って群れを作るとしても、忠誠を誓えない女を受け入れると思うか?」
渾身の正論をぶちかまし、
だが、狂人に正論は通用しなかった。そもそも正論が通用しないから狂人なのだ。
「あんたがお姉様に指示を出す。そしてお姉様があたしに指示を出す。実質、あんたの命令を聞くようなものなんだからいいでしょ」
「なんで伝言ゲームみたいになってんだよ! 不便で仕方ないだろ」
「わかってないわね。あたしはお姉様を除けば、上院の一学年トップよ。当然、お姉様の考える幸せ
「幸せ団欒計画ってなんだよ!? 初耳な上に、不幸な未来しか見えねえよ!」
「要するに、これ以上の好物件はないってことよ。光栄に思いなさい」
「どう考えても事故物件だろ。しかも、油断したら後ろから刺されるやつな」
「油断しなくても刺すけどね」
「そこは嘘でも従うフリしとけよ!?」
話が前へ進まねえ! と
見上げて
「駄目だこの女。純度120%で狂ってやがる! こんなヒロインありえるか!? 物語の世界にだってこんな狂人いやしねえぞ」
「当たり前でしょ。あたしはお姉様を狂おしいほど愛しているんだから」
「せめて狂人の
厄介な事態にあるというのに面倒くさいやつに絡まれた。強引に先へ進もうとしても、立ち塞がる絵面が目に浮かぶ。ならば、当身で気絶させてその隙に――と、
「あ、陽ちゃん」
「お姉様!!!」
遠目でもわかる。本校舎の方から圧倒的な美のオーラに包まれた公主様が歩いてくるのが見えた。背を正し、凛とした佇まい。歩幅は規則正しく一定のリズムを刻み、けれど優美でしなやかな所作は、その美貌と合わさって見る者を
「どうしたんだ? そんなところでしゃがみこんで」
頭を抱えてしゃがみ込んでいる
「なんでもありません。お姉様の言いつけどおり、親交を深めていたところです」
などと嘘八百を並び立てたので、
「嘘をつくな、嘘を! おまえが一方的に意味のわからん理由でキスを迫ってきたんだろうが!!」
しかし、
「そうか。ならば早く済ませてしまおう」
「済まさねえよ!?」
なんてことはない。
厄介な狂人が一人増えただけのことである。
幸せ
「んなことより、
流石に皇族という名の狂人を二人も相手にはしていられないので、一般市民である
「ずっと、あなたを探していた。行方不明だった女子生徒が見つかったぞ」
――――――――――――――――――――
【ご連絡】
週二更新だと話を忘れちゃって楽しめないと思うので、更新間隔を狭めることにしました。
具体的には二日に一回ペースの更新とし、終盤のシリアス展開時には毎日更新へ切り替えます。できるだけ楽しんで頂きたいとの思いからの措置ですが、その代わり、三章完結後はしばらく休載期間を取らせて頂く予定です。(閑話はいくつか用意しておきます)
以下が、今後の予定です。
57~66話 二日に一回の更新。
67~72話 毎日更新。
73話以降 四章を書き終えるまで休載。再開後は週二更新を予定。
以上です。よろしくお願いしますm(_ _)m
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