第48話 公主様はものすごく一途
ベッドに公主様と二人、隣り合って座っている。
ビシッと背筋を立てて緊張した面持ちの
調度品も最低限しかない殺風景な空間に漂う女の
気まずい沈黙がおりていた。
冷静になって考えてみると、覚悟を決めた女の子を拒絶した形になってしまっている。これは男としてどうなんだ、という気もしてくる。沈黙に堪えかね、チラリと公主様の方を見るのと、彼女が口を開くのはほぼ同時だった。
「
気まずげに鼻頭をボリボリとかき、
「俺だって、
公主様は可愛らしくコクリと頷くと、しなだれかかるように身を寄せてきた。彼女の小さな手が、ベッドに置かれた
「だけど、あなたは一つだけ勘違いをしている」
ぞわっと背筋に甘い
その隙に手を取られ、抵抗する間もなく公主様の胸元へ押し付けられる。すると柔らかい弾力と共に、押し返されるような力強い鼓動が手の平に伝わってきた。
「平然としているように見えるかもしれないが、私はこんなにも緊張している」
「全然違う。おまえ、こんなにドキドキしてたのか」
「ああ、そうだ。この部屋に足を踏み入れてからずっと止まらない」
そう言う公主様の顔には、薄っすら赤味が差してあるように見えた。もしかすると、勇気を振り絞って臨んだのかもしれない。そう思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「学生のうちにこっそり婚姻を結ぶカップルっているのか?」
「ああ、いるぞ。上院では常識だ」
「常識なのかよ!?」
驚きに顔を上げ、
「貴族階級同士、親公認で婚約しているケースが多いからな。無論、発覚すればまずいのだろうが、教師もそこは暗黙の了解で深くは追求してこない」
頭の中にあった高貴な上院のイメージが、音を立ててガラガラと崩壊した。
なんとそこは、風紀の乱れた
「やっぱり学生寮で
「そうだな。女教師は男子寮には立ち入らないからな」
「やりたい放題かよ!?」
驚きの
「他にも、上院にしかない施設が多数あってな。敷地面積は下院の四倍、それに付随する施設も多肢に渡り、人口密度はかなり低い。あとはもうわかるだろう」
上院の各所で、当たり前のように営まれている。そう聞くと、我慢をするのもアホらしい。やらなきゃ損だという気にさえなってくる。
と、そこで
「まてまて。龍人は名節を重んじるんだろ。そんな
名節が汚れれば女の価値は下がる。婚約するだけでも大きくその価値が目減りするのだから、婚姻を結べば無価値に等しくなるだろう。にも関わらず、上院でそのような行為が横行しているというのは
「それだけ本気だということだ」
絶対に嫁ぐという意思があるのなら、名節など関係ないと公主様は言った。
龍人女子は、主人となるただ一人の龍人男子にのみ忠誠を誓う。名節とは、この忠誠心を示すための指標の一つに過ぎない。つまり、公主様の名節がいかに汚れようと、
「群れに入るということは、己の命を託すということ。この命をあなたへ託し、全身全霊をもって支えていく覚悟はとっくにできている」
「――――――っ」
(ああ、そうだ。黒陽はどこまでも一途で真っ直ぐだ。その真心に心を打たれたからこそ、大衆監視の場で婚約を結んだ)
彼女の言葉に嘘偽りが無い事を、その本気を、
「私はあなたのためなら何だってする。卑怯だと罵られようと、冷酷だと批判されようと、常にあなたにとっての最善を選択していくつもりだ」
そこまで言って、公主様は覚悟を決めるようにきゅっと薄桃色の唇を噛んだ。そして曇りのない真っ直ぐな
「これから先、あなたと共に群れを大きくしていく過程で、納得のいかない選択があるかと思う。それは一見すると不合理で、反発したくなるような理不尽を内包しているかもしれない。けれど、どうか疑わないでほしい。必ず、あなたにとっての最善を選択してみせるから、私を信じてほしいんだ」
これほどの好意を向けられて、嬉しくない男などいるはずもない。 胸が焦げ付くようなどうしようもない愛おしさに包まれて、公主様の華奢な体に手が伸びかけた。が、公主様に苦言を
「おまえは一体、どんだけ一途なんだよ」
ぶっきらぼうにそう言うことしかできなかった。
と、その内心にある動揺を
「本当に抱かなくていいのか? 私を抱きたい男はごまんといるぞ」
ベッドの上で、美少女が上目遣いに挑発してくる。甘えるように目がとろんと閉じ、悩ましげな
(本当に悪魔か。色っぽい分だけ桜華より
などと、桜華が聞いたら間違いなく機嫌を損ねるようなことを考えつつ、その一方で、
「今のは本気じゃないだろ。試したな」
「どうしてそう思う」
「目が小悪魔的に光ってた。それは桜華の得意技だ」
「バレたか」
桜華がやるみたいに公主様はチロリと舌を出して笑む。
その顔に桜華の顔が重なって、なぜだか罪悪感のようなものを覚える。冷水を浴びせられたかのように、急速に体から熱が引いていくのを
「桜華から悪いことばかり学びやがって……」
「そんなことはない。あなたは桜華と一緒にいる時、幸せそうな顔をしている。私も少しでいいから桜華と同じようになりたい。だから参考にしている」
「ちがっ……」
予想外の不意打ちに、
「だ、だから。桜華とはそういう仲じゃないって言ってるだろ」
これまた桜華を真似たのか、公主様が半目となる。
「
「あの野郎……また余計なことを……しかも自分の首まで絞めてるじゃねえか」
「余計なことではない。桜華はできた龍人だ。尊敬に値する」
「そういや、おまえ。桜華の評価がやけに高いよな」
そこで、公主様の顔が
「正妃を譲るなんて真似、普通はできない。器が大きい証拠だ」
いや、だから桜華とはそういう関係じゃない――と言おうとして、
と、そこで。
ある一つの疑問にたどり着く。
それは根本的な疑問。本来なら開口一番に問うべき質問。
「そういや、おまえさ。何しにきたんだ?」
公主様がわざわざ男子寮を訪れた理由。
契りを結ぶため?
いいや、それは違う。契りを結ぶなどという過激な発言は、あくまで
いくら上院の各所で営まれているとは言っても、そんな
「夜練の時も、上の空で答えてくれなかったろ」
言って、
「そうだった。すっかり忘れていた」
どこか抜けたところのある公主様は、乏しい顔に微かな笑みを浮かべて続ける。
「適性属性の問題。解決するかもしれないぞ」
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