第4話 達人の境地
中央龍皇学園。
下院本校舎二階。会議室。
会議室には豪奢な円卓テーブルが据えられており、そこには六名の女教師たちと、彼女らを束ねる学園の長が着席している。室内の調度品には
ダンッ! と円卓テーブルを叩きつけ、沈黙を破った縦巻ロールの女教師が立ち上がる。
「学園長! 納得がいきませんわ。これは
学園を束ねる長である
「公主様の希望をお断りしろと?」
ギロリと青蘭に
「
青蘭は鋭く目を光らせた。
「その言葉、
冷たく突き放し、警告を与える。
「も、申し訳ございませんっ」
彼女は速やかにその場へ
頭を床に擦り付け、ガタガタと両の肩を震わせている。縦巻ロールの髪の毛が地面に力なく横たわり、震えの振動が伝わって小さく波打つ。
豪奢な革張りの椅子に体を沈め、
「勘違いしないで貰いたいのだけど。私は
「失礼しました」
「ところで、
円卓テーブルに座していた六人の女教師の一人。闇魔術担当の
「はっ。何でありましょうか」
「例の生徒だけど。本当に最優の評価は適切だったのかしら」
問われ、
「間違いありません」
「報告では《
「はい、その通りです。従いまして、最優が妥当だと判断いたしました」
こめかみの辺りを押さえて
「達人の
「にわかには信じられませんわ。なにせ《剣気》を扱えるのは上院でもたったの五名。しかも上院の全生徒四百五十名中の五名ですのよ。それをあの落ちこぼれが習得しているなど……ああ、いえ。
《剣気》は同じ境地に達した者にしか見ることはできないし、感じることもできない。それは
部下の報告を盲目的に信じてはならないが、自分にとって都合が悪いからといって切り捨てるのは愚者のすること。管理者として青蘭は公平でなければならない。
「
「ええ、その通りですわ! もうなりふり構わず退学にしてしまえばいいのです」
おそらくは
「それはできません。どういう訳かあの者は、陛下のお気に入りなのです」
最高権力者の名前を出されて、異を唱えられる者などいるはずがない。
会議室に沈黙が下りる。
「あの者がなぜ名門であるわが校へ入学できたのか。魔術も
会議室にどよめきが走る。
その衝撃は察すに余りある。
平民
「私も不本意でした。中央は真の実力至上主義を
龍皇の言葉はこの国の法を曲げることさえ可能である。
一介の妃に過ぎない
「陛下の勅命により、便宜を図ることは今までも何度かありました。ですが、まさか平民風情にまで便宜を図ることになろうとは。こんな屈辱は初めてです。ですので、今すぐにでも退学にしてやりたいところではあります。卑しい身分の癖に一体どうやって陛下に取り入ったのか……気持ちの上では
実直さが売りの
「しかし学園長。学生の身分で《剣気》を習得できる者は
「ええ、だから頭が痛いのです。名門の名を汚す、適性属性なしなどというふざけた
「今、考えなければならない問題は他にあります」
「それは何でしょうかぁ」
今まで大人しく座っていたミニマムな幼女体型の教師・
「あくまで可能性の話です。驚かないで聞いて下さい」
そして
女教師たちの受けた衝撃は凄まじく、
「ありえませんわ!」
「それは流石にないですよぉ!?」
と、
「ありえない話ではありません。しかしそうなると……」
その先は質実剛健の魅恩教諭をして、口には出せないようである。
「ですので。魅恩教諭、その万が一が起きないように配慮して頂きたいのです」
◇◇◇◇◇
四角く仕切られた中央龍皇学園の広大な敷地。
下院に割り振られたのは、全体から見れば二割程度の狭い土地である。
学園全体から見れば下院は南に位置し、南門からのみ入ることができる。そして、他の東西北の門はすべて上院の敷地へ繋がっている。
南門から入ってしばらくは左右に緑の庭園が続き、真っすぐに伸びた道の先には下院の本校舎がある。その東には図書館、西には学生寮、北には魔術研究棟が並ぶ。
庭園には実習訓練用の施設がいくつか置かれており、その中の一つには、剣術の授業で使う小さな闘技場がある。
絶世の美女。
圧倒的な美の存在感が、その場に集まった下院の全生徒四百五十名を釘付けにする。息をするのも
生徒たちは舞台観覧用の長椅子に腰掛け、
「なんだって急に召集されたんだ?」
舞台上の赤と黒の龍衣。上院の制服を着た美しき少女に目を奪われながら、
「終業式じゃない?」
「なわけあるか」
ただの終業式に上院の生徒、しかも公主様が出席するはずがない。
「入学式ですら完全に別々だったろ」
「そっかー。じゃあ何で?」
「それを今、俺が聞いたんだよ!」
間の抜けた問答に
「諸君、紹介しよう。こちらは
生徒たちのざわめきが大きくなる。
「将妃様?」
ポカンと口を開け、
「将妃様は
人間の都市・アルガント育ちの
「まてまて。当たり前のように出てきたけど、六妃ってなんだ」
半目になった桜華がじと目で見てくる。どうやら常識の類らしい。
「六妃は、群れの中で最大権力を握る六人の妃たちのこと」
「ん、群れって六~七人で構成されるんだろ。夫がいて妻がいて終わり。権力ってどういうこと……って、なんだその目は。
今度は桜華が脱力する番だったらしい。彼女は遠い目をして空を見上げると現実逃避した。そしてため息と共に現世へ帰ってきた。
「それは若い群れの話ね。例えば龍皇陛下の群れは十万を超える大所帯。大きな都市まるまる一つが群れなんだよ。そしてわたしたちも、学生の間は、龍皇陛下の群れに所属するって
「知りませんでした」
「てことは、学園の教師たちも全部、龍皇陛下の群れに所属してるってことか?」
「そうだよ。だからこの学園では特に、陛下の意向は絶対なの」
今までの情報を頭の中でまとめ、整理する。
「つまり、その十万の頂点に立つのが六妃と呼ばれる妃たち。で、その中の序列第二位にあたる将妃様の娘があの公主様と」
「うん。公主様は母親の身分を受け継ぐから、この学園で一番偉いのは、あの公主様ってことになるのかも」
下院の生徒は上院の敷地へ入ることを禁じられている。裏を返せば、上院の生徒が下院の敷地に入ることも同様に禁止されているはずである。その規則を堂々と破っている以上、やはり只者ではないのだろう。
「ちなみに学園長も六妃が一人。序列第六位の
そういうことはもっと早く言ってほしかった。すでに無礼な態度を取ってしまっている。
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