#27 エピローグ
スマホのおはか。
拙い字でそう書かれた板切れはさくら荘の庭の片隅、日当たりのいい一角に突き立てられている。
その下にはバラバラになった先輩のスマホが眠っていて、その周りを囲むように植えられたばかりの花の種が芽吹くのはまだ随分先のことだろう。
実際に人死にも出た騒動の後で、彼(基準は良く分からないがあのスマホは男の子だったらしい)の弔いにどこまで真面目に取り合うかは議論の分かれるところであったが、先輩の見せる魂の抜けたような顔と、あの戦いを経て一際威力を増した殺人的ベアークローなどを勘案して、その墓を掘り起こして回収業者に渡すのバッテリーの残骸だけにすることにした。
あの戦いからおよそ一週間が経過した。
ダンジョン管理課の広報を通じて拡散された俺の撮った魔族との戦闘映像は、注意喚起や情報共有の域を超えて大きく人々の耳目を集めていた。
そもそもダンジョン内における本格的な戦闘というものが、映像記録として形に残すのが至難である以上、この情報化社会においてほとんど陽の目に晒されることのない数少ない
代物なのだから無理もない。
反応は様々だ。CGであるという声が上がる一方で、この映像は本物であるという声もあり、これを機にダンジョンの入場を規制するべきだと声高に叫ぶ者もいる。
そしてまた厄介なことに、これら一連の騒動は一部の人間にとってある意味都合の良いものでもあったらしい。
異界からの侵攻。
その脅威は人類共通のものであり、故にダンジョンは日本政府が独占管理すべきではない。そう言った論調は、このところネットに潜れば目にしないことの方が少ないほどだ。
自治体による消極的な管理の下、資格を持つ冒険者たちが個人事業として探索する現行の体制は、外界勢力による脅威というものが明らかになった今、その対処能力の不足を理由に根本的な見直しを迫られている。
事態を深刻に受け止め、ダンジョンの即時封鎖を求める声や、ダンジョンで生計を立てる冒険者への補償政策の必要性を訴える者。また今回の騒動を利用して自らの政治的立場を強化しようとする動きも相まって――まあ、つまり。一冒険者ごときの立場では、先のことは何も分からない、というのが包み隠さない正直なところだ。
今まさに俺が身を置く世界は大きく変わろうとしている。
ダンジョンという非日常に、しがらみや俗事、そういった日常を捨てて飛び込んだはずなのに、いつの間にやら日常と化したダンジョンを、政治や駆け引きが覆い尽くそうとしているのは、何とも皮肉という他ない話だった。
結局のところ、俺にはそんな大きな人々の思惑や策動のうねりをどうこうするのはもちろん、その潮目を見抜いてうまく立ち回ることも出来やしない。
ただ、そんな場所でも人々がその暮らしを営んでいるということだけは確かで、それがこの迷宮で俺が学んだことのひとつだった。
「先輩、もうすぐ出発の時間ですよ」
「ああうん、今行く」
墓前に座り込んでいた先輩が振り返って、ゆっくり腰を上げる。
学校帰りの老師と合流すると車通りに出て、ダンジョンゲートまでの道をのしのしと歩く。
ゲート前の警備は以前より物々しく、冒険者は少し数を減らしたような気がする。あるいはそれが俺の思い違いだったとしても、取り巻く日常は少しずつ変わりつつある。
「田中さん! 下田さん! ソフィアさん!」
いつもの簡易ベンチで蔵見がぶんぶん手を振って背筋を正していて、その姿勢だけは初めて見た時と同じだな、と少し笑う。
予定では、今日は彼女と三層まで潜る。他愛ない会話を交わしながら、ゲートを越え、いつものように歩き出す。
境界を越えるとダンジョンの制約が、塩素のきついプールに飛び込むように俺の体を満たしていく。この瞬間は、今でも少しワクワクしてしまう。
一層から二層へ。二層から三層へ。
かつて訪れた場所も、初めて訪れる場所も、何もかもが等しく新しい冒険の舞台だ。
出くわした
先輩が首狩兎の香草焼きを作る傍らで、俺は鍋に水を張って湯を沸かし、蔵見が老師と豚肉を血抜きして一口大に切り分けて串に刺す。その光景は、ダンジョンの中というにはあまりにものどかなものだった。
それにしても、ここしばらく一緒に迷宮に潜るうち、彼女も随分こちらの流儀に染まってしまった。
「なあお前、ほんとにうちに合流する気はないのか?」
出来上がった串焼きを頬張りながら老師がそう尋ねたのは、蔵見がギルド再建のための新人を募集していると風の噂で聞いたからだった。
「はい。皆さんに良くしていただいているのは本当に感謝していますが、そのつもりはありません。その看板を下ろすには、まだまだやっていないことがたくさんありますし。わたしが冒険を止めない限り、『鋒山』はまだここにあります。わたしは『鋒山』の魔法使いですから」
何の迷いもなく言い切るその潔さを、眩しく思うべきか少しは諫めてやるべきか。決めかねるうちに、噴き出した老師が違えねえやと高らかに笑い出す。
「集めたひよっこに『鋒山』からほっぽり出されたらウチに来るといい」
「――? どういう意味ですか? それ」
*
新生『鋒山』の新たな門出の写真でも撮ろうとビデオカメラを構えさせられたが、そもそも静止画を取る機能など俺のカメラにはない。
録画した動画から良さげな一コマを切り抜いて写真代わりにする。
随分と粗くボケた写真になるだろうが、それもまた似つかわしくもあるだろう。
シャッターのつもりで録画ボタンを押そうとして、少し考えなおし自分もレンズに収まることにした。
はいチーズの掛け声でも期待していたらしい三人が、カメラを置いて寄って来る俺を見て、撮影が終わったとでも思ったのか余所行きの顔を止めてまたぞろ仕様もない馬鹿な話に花を咲かせ始める。
録画ボタンはこれから押そうというのに。
置いてきたビデオカメラを魔法で起動して、そんな日常を形に残す。
この先、財宝やら名声やらは知らないが、苦難と危険は浴びるほど待っていることだろう。俺たちの残す冒険譚を誰が見聞きし、どんな夢を描くかは知らない。
何にせよ、これは半神や英雄ではなく、ありふれたダンジョン探索者の物語だ。
ここに、俺たちの冒険の記録を残そう。
見て行ってくれると有難い。
高評価やコメントを残していってくれるとなお嬉しい。
それでは、次の投稿までしばしのお別れだ。
『今日から始める脱サラダンジョン配信』<完>
今日から始める脱サラダンジョン配信 狂フラフープ @berserkhoop
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