009.if後日談、蛇足

「アハハ!」

陽気な声が教会に響き渡る。

なんとも陽気なシスターである。

「やあやあよかったよ君が無事で!」

「おう、ありがとな…」

なんとも腑に落ちない終わり方である。

「おもしろいね君!さながら逃げ帰ったチキンってところかい!?」

「だれがチキンだ!」

「でも実際、そうじゃないか!」

あははと、またこのシスターは僕の決断、というか結果を笑ったのだった。

「でもよかったじゃないか君の妹は助かったし後ろの彼女も助かったんだろ?」

「まあそうだな」

ぼくの足元をつかむ小さな影がある。

それは無論、僕の妹などではない。確かにこんなにかわいらしかったら僕の本望であるわけではあるのだが

「おいおいそんな怖がらないでこっちに来たまえよカミサマ。」

ぼくのズボンをそれはぎゅっと掴む。

「いや今はもう神の力は失ったのだったかな?夜神楽すずし」

ぼくの影に潜む幼女は今回の主犯夜神楽すずしだった。

「あなたにそんなこと言われてもうれしくありません。わたしはあなたがきらいです。」

その幼女は冷たくそう言い放ったのだった。

「おいおいつれないなあ。君にとっても、いい話じゃないか」

「これとそれとは話はべつです!」

「いいじゃないか君も若くなったし、はかりくんもそれでいいじゃないか?」

シスターの顔は僕のほうをにらみつけた。

「あ、ああそうだな」

すずしは少し機嫌が悪いらしかった

「とりあえずわたしはあなたがきらいです!」

さようなら!そう言い残し彼の幼女は教会を後にしたのだった。

「とまあ。そういうことらしい。」

「あんたも大変そうだな。」

「ああ、君に同情してもらえて嬉しいよ。で、君はこれからどうするんだ?」

「ん?なんのことだ?」

「きみ、記憶がないんだろう?」

記憶がない?僕が?

「ぼくには、記憶があるよ」

「いいやないよ。きみには記憶がない。おおよそ、14〜15年間の記憶がないんじゃないか?」

「そんなわけないだろ。僕にはある」

妹達の喜ぶ顔も、小鳥との日々もすずしとの笑顔も…

すずしの…笑顔?そんなときあったのか…いや一度だけぼくに見せた。

一度だけだ。そもそもすずしとは誰なんだ。いつからぼくは彼女と出会ったのだろう。分からない。思い出せなかった…

「ご名答ということか、悲しいね。」

「…」

ぼくは何も言い換えせなかった。当然だ。

「だがそれでいい。それでいいんだ。」

なにがいいんだ。

「君は助かったんだ。それで死ぬよりはマシじゃないか?」

「どうなんだろうな。それはこれから決めていくよ。」

ああ、それでいいんだ。決められない答えというのはあるものだ。本来ぼくが

ここにいるのも少し歪んだ結果なのだろう、ならばこの結果もすずしの罪を背負う人間としては当然の結果なのだろうか。それも分からない。

「とりあえず外に出ようか。」

「とりあえずってなんだよ。」

「まあいいじゃないか、私だってきみにかける言葉がないんだよ…本当に申し訳ない。でも君に知ってほしかったんだ。君の記憶がなくなっているということをさ」

知っているのと知らないのとでは違う、知らない方が幸せ。無知ほど怖いものはない。ソクラテスは無智を恐れたという、智識の智とは無智の智ではある。何度も何度も擦られてきた話だがいまはそれも心地よかった。

教会の扉を押し開けられた。光はぼく…ではなく1人の少女を照らしている。すずしがぼくに向かって駆けてくる。

「はやく、かえろ!」

「わっ、」

その手の力は女の子にしてもあまりにも弱く儚かった。ぼくが救った小さな手だった。夜神楽すずし…どちらかといえば儚い線香花火…か

「行ってやりなよ、今日はこのくらいにしてあげるよ」

「おう、悪かったな」

僕はすずしと一緒に走っていく、目の前には大量の菜の花が咲いていた。

ただ綺麗だと感じた。それは彼女のおかげなのか、それとも行き遅れた生命の辛さの境遇に同情したのかは分からない。

だが、一つだけ言えることがある。それは皆んなが幸せにならない世界でも僕たちだけが少し不幸になる世界でも。ハッピーエンドとは言わなくてもバットエンドでもないそんなトゥルーエンドが僕の物語にはお似合いなのだ。

「はやくかえろ!はかりくん!」

「わかったよ」

ぼくは走った。この手を二度と離さぬように前へ進めるように、少しでもぼくとすずしの生活が幸せになるようにと願っていた。



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