サラリーマン転生


 戦士からサラリーマンに転生してどれだけの月日を経たろうか。真面目に働き、真面目に憂さ晴らしをして、だれも傷つけることなく生きているだけでは、身の危険を感じることすらない。


 平和な現代社会は、死とあまりに無縁だった。


 まずいぞ。このままでは何もないまま寿命を迎えてしまう。そしたら転生できるかどうかわかったもんじゃない。おれは死にたくないんだ。


 躍起になってあえて治安の悪い場所まで足を伸ばしたこともあったけれど、結局居心地が悪いだけで死を感じることはできなかった。


 まずいぞ。いっそ犯罪でもおかしてみるか。いや、それではかっこよくない。死刑台にのぼったところで、きっと転生なんてできやしない。おれはまだ死ねないんだ。


 きっかけはないものか。休みの日、ネットの世界をめぐっていると、ついにそれらしいものを見つけた。


「心臓、移植か」思わず笑みがこぼれてしまう。


 記事によると先天性の病気をもった少女がクラウドファンディングで心臓移植の資金を集めているようだ。少女には夢がある、ピアノで世界を回ることらしい。しかし、心臓の病でとても長くは生きられないらしい。


「完璧だ」男は躊躇うことなく少女とその家族に連絡をした。


 いきなり心臓をあげますなんていったところで冷やかしにしか思われないだろう。まずは寄付について詳細を伺いながら信頼関係を築き、いよいよ面会できるところまでこじつけた。


 ぱきっとスーツを身にまとい、病室の扉を開けると可憐な少女とその家族が迎え入れてくれた。


「写真より、大きいですね」男は緊張感なく家族のなかに溶け込もうとした。


 男のいうとおり、少女はクラウドファンディングを初めてからいくらか成長しているらしい。寄付を募集したものの世間様の反応は芳しくなく、二年ほど経過したらしい。


「普通の子なら、もうすぐ中学生です」少女の微笑みは大人を安心させるための手段であることがよくわかった。自分がいきることはすでに諦めているがゆえに、せめて周囲の人間に過度な負担をかけないように振る舞うことが少女なりの親孝行なのだろう。


「よく、頑張ったね」男は面会をして目的を告げた。寄付をしたのではなく、自分の心臓を差しだしたいと申し出たのだ。


 もちろん少女もふくめて両親は反対した。突然現れた男が見知らぬ少女のために死ぬというのだから気味が悪いのだろう。


 それでも男は引き下がらない。せっかく未来ある若者のために死ねるのだからそんなかっこいいことはない。


 男は自分が犯してきた罪を告白し始めた。もちろんすべて架空の話だ。身寄りがなく産まれて、犯罪という犯罪に身を染めたが、ひとりの神父に救われて改心をしたのだ。そして自分もひとのために生きようと決めた。


「ぼくは十分生きました。最期の償いをさせてください」と涙ながらに両親に懇願した。


 少女に頼んだところで断られることはわかっている。我が子のために資金集めをするくらいの両親だからこそ、それらしい理由をつけてやれば断られないことは分かっていた。


 最終的には両親が合意して、話は前に進み出した。おじさんの心臓が適合するか不安だったが、なんとか適合できるようだ。


 この感動的なストーリーはテレビでも取り上げられ、自己犠牲にあふた男は、現代のガンジー呼ばれ、一時的にときの人となった。


 そして手術の日、男は意気揚々と家をでた。


 お膳立ては完璧。あとは全身麻酔で安らかに死を迎えるだけで転生をするとこができる。痛みを伴うことなく生まれ変われるなんて、現代医学には感謝をしないといけない。


 天気は快晴、転生日和。ふと、視線を落とすとみかんがコロコロ転がってきた。どうやら前をあるくおばあちゃんが落としてしまったらしい。


 足元のみかんを拾い上げる。おばあちゃんは、散らばってしまったみかんに夢中だった、迫り来るトラックにも気づいていないほどに。


 トラックの運転手は、おばあちゃんに気づいているのだろうか。わからない。


 おれはおばあちゃんを助けて生まれ変わることができるのだろうか。わからない。


 わからないけれど、足は動いていた。


 全速力で目の前のおばあちゃんを突き飛ばした直後、巨大な衝撃で身体が吹き飛ばされた。


 地面に叩きつけられて、身体が次第に冷たくなっていく感覚がわかる。きっともう助かることはない。少女を救うこともなく、おれは死ぬのだろう。


 遠くで騒ぐ声がきこえる。


 おれは、かっこよく死ねただろうか。


 いまはもう、安らかな死に身を任せることしかできない。





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転生は死と共に サボテンマン @sabotenman

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