転生は死と共に

サボテンマン

戦士転生

 勇者は駆け抜けた。


 崩れ落ちる床、容赦なく降り注ぐ瓦礫をかわしながら囚われて衰弱した姫を抱えて逃げることは不可能だとわかっていた。けれど、勇者は諦めるわけにいかなかった。


「ようやく魔王を倒せたんだ」


 姫を救うために旅立ち、出会いと別れを繰り返し、魔王軍からの卑劣な罠も潜り抜けて、ようやく目的を達成することができた。


 旅の仲間だった魔法使いも、僧侶も、みんな志ながばで散ってしまった。


「ここで倒れては、あいつらに顔向けができない」そうだろう。と勇者は唯一の生き残りである戦士へ振り返った。


 戦士は傷だらけの身体を引きずりながらも笑顔で応えた。「おれたちは勝った」と言いながらも、戦士もまた、勇者と同じように限界を迎えようとしていた。


 戦士の傷は勇者を庇ってついたものだ。まさか魔王に第2形態があると思わず油断した勇者を魔王の攻撃から守ったのだ。


 もはや勇者一行は満身創痍、足を動かすことだけで精一杯だった。ところが、背後から魔王軍の残党が押し寄せてきた。どうやら四天王のひとりが生きていたようだ。


「あいつ、魔王の座を狙ってたもんな」過去の情けが勇者たちの首をしめる。「これまでなのか」


「こんなとき、僧侶か魔法使いが生きてくれていたら」力を使い果たした勇者には回復することも魔法で攻撃することもできなかった。


「まともな魔法もつかえない戦士が生き残りですまねえな」

「ぼくだって、魔法が使えなければ非力なだけの勇者様だ。お互い様だろ」


 軽口を叩きながらもふたりはわかっていた。勇者か戦士、どちらかが盾となり、時間を稼ぐ意外に姫を助ける方法はなかった。


「仕方ない、よな」勇者は姫を戦士に託して迫り来る魔王軍を食い止めようと足を止めた。「戦士、頼まれてくれるか」


 勇者の手は震えていた。死ぬことはだれでも怖い。「ぼくが、盾になって時間をかせぐ」


 しかし、戦士は姫を受け取らなかった。「盾は、おれの役目だ」


 戦士は自らの命が消えかけていることに気づいていた。魔王の攻撃を庇ったときにすでに致命傷を受けていた。「どうせおれはもう長くない。勇者、おまえはおれたちの分まで生きろ」


「駄目だ、戦士、おまえには家族がいるだろう」


「わかるだろう。おれにしか、できないんだ」と戦士は下げていた首飾りをはずして勇者の首にかけた。「妻には、戻らないと伝えてくれ」


 まさかと勇者は慌てる。「それだけは駄目だ」自分も残ると言う勇者に、戦士は初めて頬を叩いた。


「おまえも残れば姫も巻き込むことになる」

「でも、」

「お前が生きねば、だれが勝利を、散っていった想いを、世界が平和であると、伝えるのだ」


 そして戦士は鎧を脱いで致命傷を露にした。「勝利を伝える役目は、おれではできぬのだ」


 勇者は託された首飾りを握った。「おれのせいで」


 戦士は「違う」と首をふる。「おれは、おまえの盾になると誓った」


 勇者が初めて戦士と出会ったとき、図体だけは大きい小心者だった。「おまえが、おれに生まれ変わるチャンスを与えてくれたんだ」


 勇者はようやく折れた。「戦士、きみは最高の友だった」


 ありがとう。そう言い残して涙声で去っていく勇者を見送る。


「礼を言いたいのはおれのほうだ」戦士はひとりになった。「これが、盾として最期の戦いだ」


 巨大なバトルアックスは勇者が与えてくれた自慢の武器だ。「共にいくぞ、相棒」


 戦士は迫り来る大量の魔王軍のなかに飛び込みながら走馬灯をみていた。


 大きな身体に産まれたところまでは運がよかった。しかしまさか小心者なんて余計な性格がついてきたもなのだから、打開策が見当たらず途方にくれたときもあった。けれど、考えてみればドラマチックであるためには必要なスパイスだったのだろう。


 魔王に第二形態があったこともまた運がよかった。あっさり勇者が倒してしまうもんだから焦ったが、どうやら第二形態がありそうだぞ、と気づいたときは心が踊った。あえて気づかぬふりをして勇者の注意をひき、それから庇うことで致命傷を負う。


 我ながら完璧ではないか。


 魔王軍の凶刃が戦士の身体を貫いた。


 膝から崩れ落ちた戦士の前に四天王の生き残りが勝ち誇った顔で近づいてくる。「そういえば、おれに止めを刺さなかったのはおまえだったな。せめてもの情けだ。最期に言い残すことはあるか」


 戦士は力を振り絞って顔をあげた。「期待どおりの働き、ご苦労さん」


 戦士は唯一つかえる呪文を唱えた。それは命と引き換えに唱えられる自爆の呪文だった。


 勝ち誇っていた四天王の顔が青ざめる。逃げろ、と言う間もなく爆発に巻き込まれ、魔王軍の残党は城もろとも消し飛んだ。


 じゃあな、勇者


 *


 戦士が目を覚ますとそこは自動車が走るオフィス街だった。寝転ぶ戦士をスーツ姿のひとたちが不思議そうに眺めては通りすぎていく。


「今度は、現代か」


 戦士はネクタイをしめた。「今度は、どうやって死のうか」


 転生した戦士は、また死に場所を探す。

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