第12話 二人が決めること

 バクソールの東屋に戻る。

 陽が落ちかけて西の空は赤く染まっている。

 身を乗り出して天空を見上げると青は深みを増していた。


「今日は色んなことがあったんだねえ」


 ひょいっとテーブルの上に飛び乗ったカトドが、夕食の献立の方が気になるという感じで言った。


『夕食は今から用意するよ』

「ありがとう、ちなみに昼間は、牡蠣の入ったスープを食べたよ」

『じゃあ違うものにしよう』


 カトドの思うように事が運ぶ。

 昼間にどうやってスープにありついたかはさっぱり分からぬ。


「君たちの婚約が公布されたって聞いたけど」なんでもないことのように言うカトド

「そういうのってどこかで猫に聞くわけ?」ピピはたまらず尋ねた。

 

 喋り猫は聞こえないフリをして顔を擦ってペロペロしている。


『カトドは何でも知っているんだろう? 私たちのことも、妖精王オベロンのこともね』


 書いたの一瞥したカトドは、まだ前足を舐め続けている。

 ふっとアラスタが笑みを浮かべる。


『私も知っていることを教えようか? 今日の夕食は平目フラウンダーのスープ。それと……』


 アラスタは夕食の献立を伝えるのと同じく、事実として記述する。

 ピピが100年の間、知らなかったことである。


『カトド、貴方が妖精王オベロンだ』


 名を呼んだ瞬間に何かが起こった。

 

 街灯よりも明るい火花

 

 カトドの滑らかな毛並みがぼわっと膨れ上がる。

 ぶるりとした震えの波がしっぽの先から身体に伝わって耳先まで至った。

 毛先から弾け飛ぶ無数の火花。


 妖精の粉


 カトドの身体から妖精の粉が噴き出して火花になって散ってゆく。

 テーブルの上に収まらずに膨らんだ塊が、ぼてっと床に落ちて更に膨らむ。


 東屋住まいが壊れてしまう、と思ったところで光は張り出すの止めた。

 縮みはじめた塊の光が収まってゆく。冷えて固まっているように見える。

 まだ輪郭がぼんやりと揺れている。


「ぴーぴゅーぴー」


 まだ火花の残像が残る視界は、眼を見張って広がる。


 ヘルム


 真っ黒な影が厚みをもったような光を吸い込む身体。

 頭にかぶっているのは、風が吹く度に音が鳴るヘルムだ。


 ピピは、小精霊の胸に飛び込んだ――

 つもりだったが、思いのほか自分の身体が大きくなっていたのでヘルムに頭をぶつけた。

 

 両腕に抱く黒い身体は、固いようでやわらかな懐かしい感触だ。

 


 喋り猫カトドの声がヘルムの中から響く。


妖精王オベロンが知らせる。

 俺は、王国との交渉を開始することに同意する。

 交渉に当たって、妖精王オベロンに代わり、交渉の全権を、妖精王オベロンの養い子、妖精姫ピピに委ねる。

 交渉開始と全権代理は100年前から妖精姫ピピに委ねられており既に発効している。

 ピピが異議があるって言うなら俺は困る。既に100年前から開始しており、時を巻き戻すことは俺にもできない。

 使役魔法を解除するのも、続けるのも、ピピの自由にしてよい。

 以上を知らせる」

 

 いいよー、と返事しかけたが何かが思いとどまらせた。

 100年じゃなくて70年でも良かったんじゃない、とか。

 王国に来る前に言ってよ、とか。

 会えなくて寂しかった――寂しいってのを知らなかったけどね、とかである。


 ピピは額をヘルムに軽くぶつける。


「分かった、交渉は私がする」


 生来の気高さをもってピピは宣言した。


 まだゆらゆらとしていた妖精王カトドの輪郭はしゅっと縮まって凝固する。 


「よかったー、異議があるって言われたらどうしようって悩んでたよ、100年くらいね」


 猫に戻ったカトドは軽々しく述べた―― 

 

 アラスタがさらさら書いて、最近は省いていたシフトキーを押してベルを鳴らした。

 

妖精王カトド

 大事なことだから確認したい。全権をピピが担うんだから、私、アラスタ・アーシュとの婚約は、ピピの意思で完全に成立したということで間違いないね。念のために婚約成立の追認に署名願う』


 鼻先に出されたボート。筆者交代のベルをカトドはバシバシ叩いて遊んだ後、アラスタに差し出させたペン先に手を寄せる。爪をインクで浸してから、さらりと記した。


『私は同意する。

          カトド・オベロン』

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