第11話 本当の嘘は本当

 街灯の横、欄干パラペットの上に並んで立つ二人。

 互いの手首はまだ握られている。人体の骨格構造から自然と、手首を握り合う二人は脇を締めた横腹からほぼ直角に上腕を出す体勢をするしかない。

 

 アラスタの表情は、ピピの身体を心配しているように見えた。

 

「足の裏を少し切ったぐらいだね、王都では靴を履くよ」


 本当はかなり痛んだが余裕の顔で嘘をついた。

 ピピの意図のとおり、彼は安堵した表情をする。


 アラスタの視線を追うと、歩道の人々は二人を遠巻きにして、二人の周辺に僅かな空間が生じている。

 しかし、人間の数自体はさっきよりずっと多い。

 右を見て、左を見ても群衆が続いている。

 歩道の先に目を凝らし、林の暗がりにも人々がひしめいているのが分かると流石にぞっとした。


 視線を浴びる中でアラスタは会話機トーカーを取り出した。

 さらさらと記してゆく。


『公布文 

 アラスタ・アーシュが知らせる。

 私、アラスタ・アーシュと「妖精姫ピピ」との婚約が成立した。

 当該婚約は王令3条に基づき、双方が署名を交わした時に直ちに発効している。

 不服のある者は本日から3日以内に王城に出頭して異議を申し出ることができる。

 しかしながら、私が「妖精姫ピピ」と婚約及び婚姻を成就する意思は、タメシスの流れがキャピタル湾に注ぐと同じく強いものである。

 以上を王国臣民に知らせる』


 書き終わると同時、欄干パラペットの下に近衛兵の隊服の者たちが来て真っ赤な絨毯を広げた。

 アラスタが飛んで着地するためかと思ったが、赤い絨毯の上には人間とほぼ同じ大きさの巻物スクロールが広げられた。白地を枠状に囲むのは入り組む草木の模様――金の箔押しが施されている。アラスタから記した紙片を受け取った彼らが連携した動きをして、箱から取り出した刻印を指さし確認しながら押印してゆく。


 公布文と同じ内容を巻物スクロールに印字しているのだ。


 速やかに印字が終わると、派手な肩章を付けた者が現れ、文字総数を2回カウントしてから、巻物スクロールの方を1文字1文字確認してゆく。


 結構長くかかりそう。人々が騒ぎそうなものだが、辺りは静まり返っている。

 ベルも全然聞こえない、そもそもみんな書くのも止めている。

 

 妖精姫……。

 妖精姫かあ。

  

 登記官レジストラが確認を終えたということは、アラスタへの報告する時に分かった。


 彼らは完成したスクロールを広げて人々に見せつける。


 一斉にベルが鳴って響きわたる。


 祝福の意味なのか、筆者交代を示すのかはよく分からない。が……。

 

 王都の人間のかなり多くが今、此処に集まっている。 

 アラスタは妖精姫ピピと婚約したいらしいな。ふうむ。

 3秒ぐらい考えてからピピは答えを出した。

 薄い空気エアーを肺にいっぱい吸い込んで。 


 ――宣言する。


「王国の人間よ、聞け。

 私は妖精王オベロンの養い子、妖精姫のピピである。

 「おとぎの島」で育ったが、この度、王国に暮らすことにした。

 アラスタと婚約している。

 以上を知らせる。忘れるな!」


 ピピは嘘をつき通すことにしたのだ。

 アラスタとの婚約ごっこは、もう嘘のようで嘘ではない。

 どちらかと言えば嘘か。いや、嘘ではない!


 高らかな宣言に、人々が呆然として動きを止めている――

 ベルが止んだ静寂の中、横を向いたピピにアラスタが笑顔を見せた――

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