第8話 大団円

「そんな戦争は、今も世界のどこかで続いていて、果たして流れてきた情報の何を信じればいいのかということも必要だと思う。そういう意味で、日本を見ていると、腰抜けにしか見えないのは僕だけなんですかね?」

 というと、

「そうなんですよ。我々が考えているのも、まったく同じことなんです。それが結果としてどういうことになるか、少なくとも、今の政府が腰抜けで、あまりにもアメリカのいうことをそのまま聞いているだけにしか思えない。アメリカなんて、真珠湾の頃がいい例で。自分たちが戦争をしたいと思う政府が暗躍して、日本を戦争に突っ込ませたのが原因で、結局自分たちが、思っていた以上の損害を被ったせいで、無差別爆撃であったり、戦争を早くやめさせるためという偽善的な言葉を使って、来るべくソ連との冷戦を見据えて、日本の都市を一発で壊滅させる威力の爆弾の成功を世界に公表し、その被害を研究するための、いわゆる人体実験として行われた原爆投下、どんな言い訳をしても、通るものではないですよね?」

 と男はいうのだ。

「この人は、自分と考え方は酷似している」

 と考えたが、それだけに、どれだけ危険なのかということも分かっているつもりだった。

 ただ、考え方が似ているだけに、門前払いもできない気もしていて、何よりも、考え方だけでは、

「協力も惜しまない」

 とさえ、考えるようになった。

「うーん、悩ましいところだな」

 と思ったが、どうにもバックに組織がいるというのは、少し怖い気もした。

 そんなことを考えていると、

「我々の組織が、どうやら恐ろしいようですね?」

 というので、

「ああ、まあ」

 と曖昧に答えた。

「それは分かります。私もあなたの立場ならそうでしょうね。でも、これは通らなければいけない道でもあるし、そんなにゆっくりもしていられない状況でもあるんですよ」

 と言った。

「というと?」

「デジタル庁の連中は、我々の存在は結構早いうちから分かっていたようです。それこそ、デジタル庁というところなんでしょうが、でも結局は、そのニュースソースはアナログでしかないわけです。そう思うと、我々もデジタルを駆使しながら、元はアナログだということを、デジタル庁に訴えないといけない。それが、組織の表の理由です」

 というので、

「表があるのだから、裏があると?」

「ええ、そうです、それを簡単にスルーもできないし、してはいけないはずなのですよ。スルーするくらいなら、そもそも組織なんて作らないし、作ったところで最後は、大きな相手に取り込まれるのが関の山ですからね。デジタル庁はできたばっかりで、政府の中でもうまく行っていないと思われる。これを単独で行ったのは、前政権のソーリであり、要するに、自分がちゃんとソーリの職をまっとうしているんだということを、世間に知らしめるためだけに分けたわけですよ。自分がソーリの在任中の成果にしたいということになるわけです」

 という。

「そのあたりが少し難しいところという感じがしてきますね」

 というと、

「そうなんですよ、だから、あなたにも協力願いたいと思っているんです」

 といって、握手を求めてくる。

 さすがに今日出会って、話を持ち掛けられてもと思い、とりあえず、保留にしておいた。連絡先も聞かれたが、さすがにそれも怖いといってもいいだろう。

 それをいうと、

「じゃあ、あなたが明日以降、我々の存在をまだ気にしていて、その気になったのであれば、この店に来てみてください」

 という。

「分かりました。そうすることにします」

 といって、その日は店を出た。

 といっても、店を出てから考えることは、

「何か夢でも見ているようだな」

 と考えさせられた。

 相手の気持ちも分からなくもない。だからと言って簡単に納得できるものではないし、相手の男を全面的に信用できないのは、自分が知っているのはその男だけでバックが見えなあったのだ。

「どうして信用でいないんですか?」

 と聞かれると、

「組織というが、どうにも気になってしまって。我々の世代は、組織というのに、敏感な世代でもあるんですよね。特に組織と聞くと、いいイメージが湧かない。〇ボーであったり、麻薬関係の密輸組織。そして、新興宗教の類。そんな連中は過激派のような状態になると、誰が抑止してくれるというんでしょうね? それを思うと、どうしても、後ろに下がれるだけのスペースや余裕がないとどうすることもできなくなってしまうんですよね」

 と言いたくなってしまう。

 そんなことを考えていると、

「いやいや、一度頭をリセットさせて、それでも気になったりする気持ちが、さっきよりも減っていなければ、自分にも興味のあることだということを否定するのは難しいことであろう」

 と考えるのだった。

 その日一日、仕事をしながらでも、ついつい昨日の話を思い出す。思い出す分を自分で否定することは、もはや無理だったのだ。

 ついつい仕事が終わって、足は、昨日のバーに向かうのだった。

 一瞬、

「あのお店、本当にあるのだろうか?」

 とまで考えた。

「よくあるじゃないか? 夢幻という感覚を持っていれば、前の日に行った場所に二度といけなくなってしまった。というのは、その店が昨日だけ存在する店であり、自分が昨日に戻らない限り、行くことができなくなってしまったのだ」

 ということであった。

 普通に店は存在するのに、辿り着くことができない。

 この発想は、

「パラレルワールド」

 の発想であり、

「マルチバース理論」

 といっていいだろう。

 つまりは、今日になると、昨日から続いてきている世界がいくつにも増えているということである。

 逆にいえば、

「次の瞬間には、無限の可能性があり、その可能性の数だけ、世界が広がっているというものであり、次の瞬間、無限の可能性があるとすれば、今のこの世界も、一瞬前の時間から見れば、無限の中の一つにしか過ぎない」

 というものだといってもいいかも知れない。

 無限の可能性というものを、いかに追い求めるかを考えると、どうしても、パラレルワールドであったり、マルチバースの考え方が、一種の螺旋階段のように絡み合って考えられるのだ。

 それが、

「負のスパイラル」

 と呼ばれるもので、

「正のスパイラル:

 とは言わない。

 それだけ、負の方が圧倒的に多く見えていて、逆に正の方は、当たり前すぎて、ただの通過点ということで、ハッキリと見えることはないのであった。

 そんなことを考えていると、店は普通にあり、店が見えた瞬間、今まで、パラレルワールドの発想などと考えていたこと自体がまるで夢であったかのように、

「目が覚めると、夢は忘れていくものである」

 という言葉を思い出すに至った。

 店に入ると、そこには昨日のマスターがいた。しかし、客は誰もおらず、

「こんにちは」

 といって、カウンターの一番奥に座ると、マスターは一瞬怪訝な顔をしたが、今度はあきらめの境地のような顔になり、次第に憔悴していくのが分かったのだった。

 注文をして、

「この間の方は、まだ来られていないんですかね?」

 と聞くと、

「ああ、彼なら、まだだね。もうそろそろだと思うんだけどね。名前、聴いてないのかい?」

 と言われて、

「ええ、うっかり聞きそびれました」

 と言ったが、実はわざと聞いていなかった。

 もし相手が名乗ると、こっちも名乗らなければいけない雰囲気になるのが嫌だったからだ。正直その時までは、まったく信用していなかったといってもいい。だから、マスターも、敢えて、その人の名前を言わないし、こちらの名前も聞いてこない。こちらがいえば、それに従うという感じであろう。

 もっとも、本当は言いたいのだが、言いそびれてしまうことで、タイミングを逸することもある。畠山の場合は、それが多かった。

 だから、主役。つまり、マスターと自分を結ぶ本人がいないことで、違和感のある雰囲気を感じさせられていたのだ。

 そのため、時間が経つのが長く感じられた。しかし、しばらくすると、今度は目まぐるしい喧噪たる雰囲気に巻き込まれるなど、思ってもみないことだった。

 なかなか、男が現れないと思い、ゆっくりしていると、いつものように、時間がゆっくりすぎていき、その時、

「あれ? このまま眠ってしまうのではないか?」

 と感じた。

 それは、今までにない感覚で、

「そうか、時間が長かったと思ったのは、ひょっとすると、眠ってしまっていた時間が一緒になっているので、余計に、時間が長く感じたのかも知れないな」

 と思ったのだった。

 そもそも、夢の時間は、感覚であって、実際の時間に比べれば、比べ物にならないくらいに長いものである。それを思うと、どうして、時間が長く感じるという時に夢が絡んできていることに気づかなかったのか、自分でもわからなかった。夢うつつというが、そんな世界が広がって、時間という感覚を、人それぞれで感じているのだろう。

「こちらに、勝浦剛という常連さんが来ていると伺ったんですが」

 と、いよいよ睡魔に襲われ、そのまま、眠りに就いてしまいそうな時、静寂を突き破るかのように、数人の男たちが入ってきた。

「マスターはビックリしたようだったが、なぜか一瞬で表情が元に戻った」

 というのは、彼らが警察官で、警察手帳を提示した瞬間、まるで待っていたかのように、急に冷静になったのだ。

「ええ、おりますが? それが何か?」

 というと、

「彼が何者かに殺されたんですが、そのことでいろいろと捜査にご協力いただきたくて」

 というので、マスターは、

「分かりました」

 と、まったく、彼が殺されたと言われてから、動揺はなかったのだ。

 まるで最初から分かっていたかのような雰囲気に、警察も少しビックリはしていたが、とりあえず、被害者を知っているということでの事情を聴いているだけなので、それほどの緊迫した印象はなかった。

 どうやら、警察もありきたりなことしか聞いていないようだ。勝浦という男は、本当にただの常連であり、それ以上でもそれ以下でもないようだった。ただ、警察は、畠山にはまったく目のくれなかった。それは、マスターが昨日初めて連れてきて、昨日知り合ったということを告げたからではないだろうか? 捜査の進展によっては、こちらにも事情を聴きに来るかも知れないと思ったが今のところはどうでもよかった。

 それにしてもマスターは、彼が殺されたということに、一切の驚きはなかった。まるで、運命を運命として受け入れるという感覚でしかなく、必要以上なことを考えている様子もなかった。

 警察が帰ってから、マスターは、ボソッと言った。

「まあ、犯人が捕まるのも、時間の問題でしょうね?」

 という。

「どうしてですか?」

 と聞くと、

「だって、防犯カメラなど至る所にあるだろうから、すぐに特定されるでしょうね?」

 というので、

「覆面をかぶっているかも知れないじゃないですか?」

 というと、

「いや、犯人はたぶん、わざと捕まるようにしているんだと思いますよ。殺されたのが、何と言っても、ライブカメラとかGPSの過度な使用に反対している人間でしょう? それだけに、犯人は、逆に、その利用の肯定者だと思うんですよね。ただ、殺ったのは、下っ端でしょうけどね。つまり、これも一種の実験。どれだけのスピードで警察の捜査力とカメラの力で検挙までいけるかということのでしょうね。ただ、相手も組織を持っているので、これは組織対組織、つまりは、報復合戦の始まりじゃないかと思うんですよ」

 とマスターがいうので、さすがに畠山もビックリして、

「どうして、そんなことが分かるんですか?」

 というと、

「だって、このことは、殺された本人が一番分かっていたことで、もし、こうなった場合にどうすればいいか、勝浦さんは、メモに書き残していたんですよ。で、その時、畠山さん、あなたに協力してもらいなさいとも書いてました。あなたには、何か人にはない能力を持っているようで、それがまもなく覚醒すると書かれていたんです。そう、つまり、勝浦さんたちは、必要悪であり、逆に組織は、必要に見えるけど、本当の悪であるということらしい、ただ、そのことに気づいた時は手遅れになるかも知れない。だから、勝浦さんは自分が死ぬかも知れないが、そうなると相手ももう終わりなので、うまく警察がごまかされないようにしてほしいということだったんですよ」

 とマスターは言った。

「なるほど、必要悪ですか。でも、僕に何かできますかね?」

 と聞くと、

「大丈夫です。勝浦さんは、私に手紙を託した時、あの人がここに来るのは運命だから、逆らえない運命に気づいているはずだ。だから、その時には、本人も何となく分かっているだろうが、覚醒しているんだと思う」

 というのだった。

「ああ、さっき、夢と現実について考えさせられた気がしたんだけど、何か感じるものがありましたね。それが、勝浦さんのいう、覚醒だったんでしょうか?」

 というと、

「そういう意味では、勝浦さんは、死の直前に覚醒したのかも知れないですね。あなたという後継者を見つけたことで、殺されはしたけど、何か、達成感のようなものがあったのかも知れませんね」

 どうして分かったんですか?」

「手紙を読みましたからね。別に何もなければ読まないでとは言われなかったので、読まれることを見越して渡したんだと思います。だから、彼を必要悪の一人だと感じたんです。あなたも覚醒したのであれば、分かるかも知れません。勝浦さんが見ていた世界が見える気がするんですよね」

 とマスターがいうと、

「言われてみれば、何かが分かってくる気がします。必要悪。そういえば、私も自分のことをそんな風に感じたことがあります。自分が悪だと思いたくないけど、必要悪だとすれば、許容できるんだってですね。だから、そういう意味でいけば、勝浦さんが私に託したのであれば、それが運命だったような気がしてきました。いや、ひょっとすると、この団体というのは、こうやって、受け継がれてきたのかも知れない。必要悪が必要悪であることの大切さ。それを知った気がします」

 と、畠山は、何かそれまでになかった自分が覚醒したことを、必要悪という言葉に教えられた気がした。

 ライブカメラが今後どのような形になるかは分からないが、少なくとも、ここのマスターは勝浦氏の組織のかなり上に位置する人ではないかと思うのだった。

 そんなことを考えていると、

「必要悪が身についた瞬間に自分が覚醒したのか?」

 あるいは、

「その逆なのか?」

 とも考えていた。

「必要悪と覚醒」

 両方を味わいながら、これから自分が進む道を模索している畠山であった。


                 (  完  )

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必要悪と覚醒 森本 晃次 @kakku

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