軒先の厠で笑ってる

釣ール

異形だけは蹴り上げる

 流鳴照すがるたはひと試合を終えた。

 急遽組まれた対戦カードだったが遠征をすることになり、苦手なわけありホテルを安いからと利用していた。


 本当にあるんだ。

 殺人事件か置かれたレトロテレビに何か出たり。

 多分本物の心霊体験をした筈だが怖さを克服最大の対処方法は早寝早起きだ。


 古いビジネスホテルだったのでメモ書きがあり、少し使う機会があったので確かめてみたらシャーペンではなく鉛筆で何か書かれていた跡があってよせばいいのに読んでいると


「オマエノフリンアイテハココニイル」


 恐らくそう書かれていた跡を見つけ、怖さよりも女性サイドか男性サイドか考察していた。


 人間は怖いというけれど、スマートフォンが普及した割に未だ公衆トイレ、電車の窓側に態々鉛筆やペンの落書きがあるのを見ると、人間は弱くて進歩のない生き物だと実感する。


 でも試合は違う。

 人間は怖い。

 だが流鳴照はホラーが一番怖いと思う。

 前にタイで練習をしに行った時、オカルトは嫌いなのにホラーを幅広く知っていた練習相手がいた。

 しかもずっとタイにいる若い人だった。


「スガルタは知ってるかい?

 何故、用をたす場所に生きている人間も別世界のこの世ならざる何かが現れる理由。


 それは『怖いものみたさ』によるもの。

 人間は恐怖心と好奇心を天秤にかける。

 くだらなければくだらないことほど真剣になりたいみたい。

 だから分かりやすい不浄を確認したがる癖が、イヌ科の哺乳類にあるテリトリーを確認する形で、人類の本能に刻まれているって。


 つまり、人間が作った不浄さえ避ければこの世ならざるものだなんて存在しないと胸を張って言える。


 仮の話とはいえそういったものを否定はしない…けれど、ボクは今までに亡くなった先輩を見たことがなくて。

 これが証拠にならないかなあと、最近考えるんだ。」



 何故自分にこんな話をしてくる人がいるのか分からなかった。


 親しみやすいと受け取っているが、それならもっと景気の良い話か面白い話を聞きたいのに。

 ホラー関係の人が喜びそうなネタを一ファイターに話したり聞くのは違うんじゃないのか?


 流鳴照は心の中で突っ込んでいた。

 そして、思わぬ伏兵が身内に潜んでいた。

 その伏兵の家に泊まっている。



「流鳴照って本当にホラー嫌いなのか?

 やたら試合より怖い話が多いのに、あんまり俺にしてくれないのはなんでだ?」


 こうやって弱みを握られるからだ。

 とは言えず、いつも「ホラーが苦手で。」と流していた。


 浜ミノル。

 食べ歩き動画投稿をしているぽっちゃり趣味。

「健康って大事だよ。」

 が急に口癖となり、ダイエットと称して高校時代からやっている廃墟巡りが趣味の一つ歳上の友人。


 だがホラーも好きだと流鳴照に最近打ち明けてきた。

 そんなのは嘘だ。

 サバっとしたアイドルが自分を売るために「わたしまたは俺ってアニメ大好きで…」と適当な設定を作ってにわかだなんだとインターネットで叩かれて売名を行うあれと同じ。


 恐らくミノルは金に困っている。

 だがミノルは借金をするやつじゃない。

 今まで流鳴照から聞いた怖い話と廃墟巡りの経験を売るつもりだ。


 なら旬過ぎてるだろ!

 こんな再生数や知名度を上げるのが難しく、コンテンツ豊富な時代で外来種を食べる動画が下手な作品よりも数字を伸ばせる世紀末で何安直で地道な方法を頼むんだ!


 だが流鳴照がミノルの家に来たのも彼の配信と怖い話を利用して


「ホラーファイター」


 として売るつもりでいた。

 それにここで廃墟への恐怖を克服したら強くなりそうだし、もっと安くて曰く付きのホテルや旅館を現役じゃなくても楽しめそうな趣味だと考えたからだ。



「サバゲーの人達みたいに逞しかったら廃墟巡りも楽しめそうなんだよなあ。」


 欲が深いミノルも大概怖いがなんらかのコネクションを得るために趣味を楽しむのではなく、あくまで動画投稿者として何かやりたいことがあるのがひしひしと伝わった。

 だが、霊なんざいない。

 クマやハチの方が怖いさ。


 けれどそこを自分達だけしか出来ないやり方で映像に残せれば達成感は得られる。


「いいか。

 廃墟で塩試合するなよ。」


「出るわけもない。

 そして馬鹿にされる筋合いもない。

 霊なんていないことはミノルもよく知ってるだろ?

 技は教えたから、不審者やクマがいたら反撃だ。」


 狩猟免許も取りたいなんて言っていたくせにミノルはジビエ料理を好まない。

 流鳴照は最悪生物系動画投稿者として生活するため、狩猟免許を取ってしまった。

 流石に猟銃を使う頻度は低いが。


「ある人は言った。

 それなりに性格の悪い友人関係があると楽しいって。」


「言い方が悪かったなら謝る。

 それよりも廃墟へ行こう。」


 本当に変な会話だ。

 そうしてミノルの運転で目的地へ向かうのだった。




 ー某跡地



 廃墟マニアのミノルはほぼ丸腰の流鳴照よりも山をよく理解していて、目的地の廃墟で気をつけるべき事項を教えてくれた。



 そういえばタイで出会ったあの若い人も虐められた経験から、人気のない場所を案内するのが上手かった。

 詳しくはあの人の名誉を守るために言及しないが、不浄とされている場所で独り過ごすランチは何処の国でもあるのかもしれない。


 そりゃそうだ。

 繁華街の方が怖い。

 不浄だろうと独りになれて、この世ならざる者と戯れる方がマシだ。

 子供の頃はそういうのを注意されるが、ミノルも廃墟マニアであることを動画にしないのは灰色だった学生時代を救った趣味だからかもしれない。



 それくらい廃墟は思ったよりも居心地が良かった。

 ただ廃墟もホラーだの聖地だの、適当な理由でやってくるミーハーな客人が多い。

 そんな時、



「犯人は現場に戻るって話は知ってますか?

 現場の全ての証拠を一回で片付けるなんて無理な話。

 だから、どうしても後から回収することになる。

 もし、あなた達の身に何か起きても民事不介入で我々は何も出来ない。

 それはあなた達がこの廃墟に来てしまったから。

 悪いことは言わない。

 ここは我々に任せて帰るんだ!」


 流鳴照はまるで台本を予め覚えたように演技をし、やってくる客人を追い返す。



「弁が立つね。

 そんな奴だったっけ?」



 トークも面白くないとやっていけない世界になった格闘技で培った自己プロデュースだ!

 とは言えなかったので



「煽りVでやらされて。」



 と嘘をついた。

 ここで心霊ファイターとして頑張ってしまおうと決意をしたのも内緒だ。



 ミノルと廃墟でのキャンプは割と楽しめた。

 狩猟免許だけでなく、釣りの特訓もしたので川魚を焼いて食らった。



「心霊食べ歩きっていいな。

 流鳴照が脚本やって、俺が監督なら令和ホラーか…または新ジャンル作れそうだ。」



 そんな甘い世界には未だになってない。

 だが、目的のない生き方は灰色だ。

 流鳴照は学生時代に何かあったわけではない。

 精々リアリティのある怖い話をついしてしまって周りを怖がらせたり、人狼で策を練っていると真っ先に疑われて吊られたり、お化け屋敷に誘われる度に格闘スキルと怖い話のクオリティで護衛として頼まれては脅かす人達を闇から睨みつけて何もさせないからカップルの友人達に利用されたり。



「廃墟が平気な奴は知り合いの格闘家にもいる。

 しかも本人が大抵怖い。

 テレビ慣れもしてるから、地上波も動画投稿も悔しくなるぐらい投稿している。

 どいつもこいつもクラスによくいる明るいキャラクターだ。

 しかも強い。

 俺も悔しいんだ。

 あんな自分に敵がいないと勘違いしている奴に、本物の恐怖を叩き込みたい。

 そう思って練習してもリングじゃ上手く勝つのは難しい。

 アンチコメントが来た時に、俺は貞子になってみたいと夢を見るよ。」



 廃墟で野郎が互いに本音を語り合う。

 有り合わせの調味料で食べる廃墟メシには何か、この世の不満を笑って過ごしたくなるような雰囲気を持っている。



「そいつらがきたら流鳴照はどうする?」



「勿論対戦カードが組まれなければ何もしない。

 海外在住、怪我、事故、引退、規約違反、それ等の事情で流れたらリングでの報復も出来なくなる。


 だからここに心霊企画でやってきた同業者には臆せず対処する。


 さて、この廃墟のキモであるトイレ跡地に行こうぜ。

 そういう計画だった筈だ。」


 互いに言いたいことを伝え、腹も膨れたところで用事をすまそう。




 -トイレ跡地にて



 妙な人形が置かれたり、落書きと塗り直された壁があったり、進む度に時代を感じる。

 そして思ったよりもここはやってくる人が多いようだ。

 本当に再生数稼ぎの為に同業者がやってきたりして。



 不浄のトイレ跡地にこの世ならざる者がやってくるとあの人は言っていたけど、孤独を求めてやってくるタイプを出来るだけ優しく守った話にも思えた。

 この世に生きる、人間ほど不浄な存在はいない。

 だからこそ愛おしくも遠い関係でいたい。

 それでも仲間は欲しくなる。

 ミノルと共に廃墟を散策して少し集中力が欠けていた時に何か足音に違和感があった。



「ミノル避けろ!」



 ヤンキーじゃないか。

 だが柄の悪そうな人間のステップを感じた。



「あれ?流鳴照さんじゃないですか。

 なんでここにいるんですか?」



 知らない人間に名前を知られている。

 他のジムか団体の選手か。

 声からして若い。

 自分達より歳下か。



「声をかけるだけなら何も手を出さなくてもいいだろ。

 」



 喧嘩っぱやい上にミノルを狙った辺り、流鳴照は相手を、自分のライバルが所属するジムの人間だと推測した。

 自分は情報無しなのを逆手にとってここで何らかの目的を果たすつもりか。


 それとあと何人かの気配もした。

 もう一人も喧嘩っぱやい上に何か焦っている。

 どうやらここで人に言えない事を手伝わされているのだろう。

 幸いなのはもう一人はただ気性が荒いだけの一般人だということ。



「ミノル!撮ったな!」


「おうよ!」


 廃墟マニアは事情を察するのが得意のようだ。

 先に手を出したのが相手だった証拠を撮り、ミノルは護身術で相手をいなす。



「あのデブ…速い!」



 流鳴照は名も知らない同業者の懐に入り、攻撃を連続でお見舞した。



「重量級で速い選手は貴重でファンも付きやすいって、最近は教わらないらしい。

 なら先輩が丁寧に教えようか。

 いや、それじゃロートルと言われそうだから自衛として聞き流してもらおう。


 今晩、何も知らない喧嘩自慢な高校生ファイターは慣れない廃墟で大はしゃぎ。


 うっかり出会ったクマと戦って、ここが北海道じゃなくて良かったと安心して撃退した後…廃墟のトイレから六十年前に亡くなった少女の骨を見つけて地縛霊に取り憑かれる。


 そして連れてきた友に心配されてここで暴れ回り、気が付いたら病院で目が覚める。」


 多分丈夫そうな腹部を攻撃しようと思ったが、それなら脚を払った方がいいと転ばせてみた。


「君達が何をしに来たのかは君達にしか分からない。

 古いタイプの人間はこの場所の怨念の仕業と囃し立て、新しいタイプの人間は我関せずと無視をする。

 若気の至りほど怖くて理論のない物語はないからさ。

 」


 遊びで用意した重塗装のマジックナイフをチラつかせ、何処かのジムの同業者を追い払うことに成功した。



「やっぱ流鳴照は脚本向けだ。

 一緒に自主制作しよう。」


 清々した流鳴照はミノルと拳を合わせ、


「ホラーは苦手だ。

 それは変わらない。」


 と伝えて残りの散策を終えた。



 -あとの話



 結局あの輩がやろうとしたことは分からずじまい。

 真相は知りたくもない。

 ミノルもそこだけは忘れたことにした。

 流鳴照に話しかけてくれた、タイのあの人はそういうのも経験していたからこその話しだったのだろうか?



 不浄の場所にはこの世ならざる者達が現れる。

 廃墟自体は不浄では無かったが。

 ストレス発散にサンドバッグを殴っては蹴る流鳴照。


 すると子供達がやってきた。

 そこまで有名な選手になったつもりはないのに。



「流鳴照さん、怖い話のやり方を教えて!」



 そうか。

 本格的にこっちも試してみるか。

 それとちゃんと試合には勝つ。

 敗者には廃墟で見つけた幾つかのVHSとDVDを押し付ける為にも。

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