此岸のハナシ
夏木こゆ
分身様
私が小学4年生だった頃、「分身様」なるものが校内で流行った。
やり方はコックリさんとほぼ同じ、50音、0〜9の数字、「はい」、「いいえ」の文字とその間に鳥居の絵を書いた紙を用意し鉛筆を握り
「◯◯の分身様、いらっしゃいましたら鉛筆を動かして下さい」
そう言うと対象者の生霊や守護霊が現れ、鉛筆が勝手に動く…というものである。
分身様はどんな質問にも答えてくれ、「分身様分身様、◯◯の好きな人を教えて下さい」という質問で鉛筆が動き出し、名前が解ると放課後の教室は一気に盛り上がった。
本来、私はこの類の物は遠くから眺めて楽しむタイプであり、決して自ら実行には移さないのだが、周りの楽しい雰囲気を感じていた中で
「コックリさんは狐の霊だけど分身様は生霊や守護霊なので安全」
と、勝手に思い込んでいた。
分身様に魅了された私は、今では考えられ無いのだが毎晩、自室で分身様を楽しんでいた。
質問内容は専ら自分の未来。
結婚年齢、相手の名前、生まれてくる子どもの数…質問する度に分身様、つまりは私の生霊や守護霊が鉛筆を動かして答えてくれる。
止め時が分からなくなる程、無我夢中になっていた。
1人で分身様を始めて数日経ったある晩。
眠りにつこうと布団に入っていると突然「ウー…」という唸り声が聞こえてきた。
その声に驚き布団から飛び起き、辺りを見回しているとまた、「ウー…」と唸り声が聞こえてくる。
唸り声はその後5分起き位に聞こえ、聞こえる度に私は部屋中、窓の外も確認し程少し経った頃、ようやく唸り声の出所を突き止めた。
隣で眠る、私の母だ。
次の日の朝。
私は朝食の準備をしている母に、昨夜の唸り声を話した。
「どこか具合悪いの?」
「どこも悪くないよ」
「凄い唸ってたよ」
「えー…何だろうね…イビキじゃ無くて?」
体調が悪いワケでは無さそうなので母の言う通り、もしかしたらイビキがそう聞こえただけかも知れない。
しかし唸り声は次の日も、そのまた次の日も続いた。
「ママ起きて!ママ!!」
母を揺すって起こしてみるが、不思議な事に一向に起きる気配も無く、それどころか唸り声は日を追うごとに大きくなり、酷い時には2、30分ずっと唸り続ける。
得体の知れない恐怖感に襲われ、私は自室に避難した。
そこでも微かに聞こえる母の唸り声。
耳を塞ぎながら泣いた。
「お前、何した?」
自室の襖が開き、そこには出張帰りの父がいた。
父は部屋全体を見渡した後、ゴミ箱に捨ててあった大量の
「これは何だ?」
「……分身様の紙…」
「分身様?」
「生霊や守護霊を呼び出して質問に答えて貰うの…」
「そんな事やっていたのか?家で……しかもこんな捨て方して」
父がゴミ箱から出した分身様の紙はクシャクシャに丸めてあった。
じつは分身様は終わった後、必ずしなければならないことがある。
紙は、48枚以上に破って捨てる。
使用した鉛筆は芯を折り、半紙に包んで捨てる。
初めのうちはきちんと処理していた。
なぜならこの処理を怠ると、分身様に呪われると言われているからだ。
しかし、慣れてくると気が緩み、いつしか紙も適当に破り、鉛筆の芯も勿体無いからと折らずに放置。
紙もただ丸めるだけ…という事もあった。
自分でもヤバいと思っていたが、特に何も起こらなかったので気にしなくなっていた。
「私がちゃんとしなかったから…」
「後処理とかそんなの関係無くて、こういうのはそこらの霊とか呼び寄せるんだよ」
「じゃあママ取り憑かれてるの?」
「いや、取り憑かれてんじゃなくて苦しいだけ」
「苦しい?」
「今この家、数百人以上の霊でいっぱいだから」
父はいわゆる「見える人」だ。
さっきも帰宅の際、玄関前から何か嫌な感じがあったそうで、ドアを開けた瞬間、今まで見た事無い程の
特に酷いのは私の部屋らしく、4畳半の広さに通勤ラッシュ並にギュウギュウなっているそう。
そして、母がいる寝室には犬や猫の動物霊もたくさん居座っている。
皆、私が分身様で呼び出した者達だ。
父は棚から数珠を取り出すと、私をリビングのソファに座らせた。
「お経唱えるから、お前も祈りなさい」
父が私の横に座りお経を唱え始めると、私も目をつぶり手を合わせ必死に祈った。
その後。
段々と母の唸り声はしなくなり、1週間後には完全に元通りになっていた。
やはり、降霊術は迂闊にやるものでは無い。
自分だけではなく、大切な人にまで危害が及ぶという事を身を持って経験したから声を大にして言える。
ちなみに、あの時分身様に聞いた結婚相手、名前、子供の数……
何1つ当たっていない。
此岸のハナシ 夏木こゆ @natukio
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