第7話 進路とブルーベリーマフィン


「お母さん、私、将来は栄養士になろうと思う」


 ある日の夕方、リビングで紅茶を飲みながら、かねてから考えていたことを母に告げると、「え、まだ高1なのに、もう決めたの」と驚かれた。


「高1で進路を決めるのは、むしろ遅いぐらいだよ」

 うちの両親、のんきだなあ。

「そうなの?」と、言う母に頷き返しながら、私はお茶菓子のブルーベリーマフィンをかじった。甘くて美味しい!


 これはなんと母の手づくりである。私もみっちゃんもお父さんも、このブルーベリーマフィンが大好きだ。冷凍ブルーベリーを使っているのに混ぜる過程で潰れることなく、ごろっと入っているのも魅力だが、なんといっても生地が美味しいのだ。

 ふんわりとした食感なのは、イースト発酵を利用しているからだそうだ。私がつくるケーキマフィンは、ベーキングパウダーを使うから、油分が足りないとパサつくというか、モサモサしてしまう。口の中の水分を全部持ってかれてしまう。だからしっとりさせようとしてバターをたくさん使えば、今度はコッテリとした後味になってしまうのだが、母のイーストを使ったケーキマフィンは、バター控えめでもちゃんとしっとり、ふわふわで、後味も良いのだ。


 イーストを使うと、油分が少なくていい。つまりちょっとだけカロリーが抑えられるわけで、つい油断して食べ過ぎてしまう。だから結果的にはハイカロリー、それがブルーベリーマフィンである。


 あっという間に1個目を完食して、私は話を続けた。


「それで、いま考えている道が二つあって、一つが栄養士の資格を取りつつ、料理のほうもできる道に行く進路。もう一つが、栄養士のみを究める進路」


「うーん」

 母は唸った。

「とりあえず、それは今すぐ決めなくてもいいんじゃない」

 そうかなあ。

「プログラマーになるか料理人になるかとかだったら、進む方向が全然違うから、早いうちに考えたほうがいいんだろうけど」

 それはたしかに。


「栄養士を考えているなら、医療系や介護系も一度は調べてみていいんじゃないかな。医と食は密接に関係しているって言うでしょ」

 医療と介護かあ。考えたこともなかったな。


「あと薬膳とか……薬剤師とか?」

 薬剤師は成績的に難しそう。でも夢は膨らむね。


 進路は、高2の春までに決めること。そう高校からは言われていた。

「栄養士系と一言に言っても、幅広いからね。時間いっぱい悩みなさい」

「はーい」

 ほかの進路のことも一応調べてみようかな。



 黙ってブルーベリーマフィンを食べていたみっちゃんが、びしっと手を挙げた。

「はい、みっちゃん」

 私がみっちゃんをさすと、みっちゃんは立ち上がった。

「みっちゃんも進路を考えたよ」

 おお、感心だ。

「みっちゃん、大喜利の人になる」

「……おお……ぎり……」

 これは困ったことになった。

「だって、みっちゃんは大喜利の天才なんだもん」

「う、うん……」


 みっちゃんは大喜利の天才である。


 というのは、私が言い出したことである。


 私とみっちゃんは、暇なときにノートに落書きをする。私が適当な絵を描いて、みっちゃんにセリフを考えてもらうという大喜利を姉妹でよくやっているのだ。


 たとえば、私がプロレスラーの絵を描くとしよう。

「さあ、みっちゃん、大喜利だよ。このプロレスラーのセリフを考えて」

 みっちゃんは悩むことなく、「おかわりしますか?」とセリフを書き込み、さらにレスラーのパンツに「すしろー」と書き込む。


 私は涙が出るほど笑い転げるのだが、両親の反応はいまいちなのである。

 きっとジェネレーションギャップというやつに違いないと思い、学校で私の友人たちに見せても、反応はいまいちなのである。

 つまり、みっちゃんの大喜利は私にしかウケない。

 けれど、世界中の人々がいまいちって顔をしたとしても、私はみっちゃんの大喜利が世界一だと思っている。 



 しかし、それが進路の話で出てくるとは思いもよらなかった。


「ふじ姉ちゃんは栄養士になって、みっちゃんは大喜利の人になるんだ」

 ううーん、どうすればいいのか。このままではみっちゃんは、お笑いステージでダダスベりする芸人としてデビューしてしまう。

 みっちゃんを傷つけることなく、本当のことを伝えなければ……でも、そんなのどうやって?


 母がみっちゃんの頭を撫でた。

「そうなのね。でもまだ時間があるから、ゆっくり考えて決めればいいよ」

 お母さんは、問題を先送りにした……。



 みっちゃんが発言したからだろう、寝ていたカイ君が起きてきた。トイレを済ませると、私のくるぶしにかじり付いてきた。退屈なのかな。


「そういえば、カイ君のジステンパーの予防注射ってもうすぐじゃない?」

 母に言われて、私はくるぶしをかじられながら、去年のことを思い出してみた。

「ええと、去年はいつ打ってもらったんだっけ……あ、本当だ、もう1年たつね」

「動物の病院、みっちゃんも行く! 猫とか犬とか見たい!」

「はいはい。じゃあ私がみっちゃんと一緒に連れていくから、お母さん、お金ちょうだい」

「はいはい」

 私はみっちゃんとアイコンタクトを取った。みっちゃんがにんまりと笑う。我々姉妹は、おつりで買い食いをするつもりなのである!


 みっちゃんはカイ君を抱き上げた。

「楽しみだなあ、病院」

 カイ君はのんきに首を伸ばして、テーブルの上のティーカップの数を確認している。


 病院行きを察知する能力は、カイ君にはないようである。


(第7話 完)

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ふじ姉ちゃんだけズルイ! ゴオルド @hasupalen

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