第6話 失恋未満ガトーパンプキン
紙袋を持って登校すると、
何だろうと思いつつ、風花ちゃんのところに行くと、
「その紙袋の中身は?」と、聞かれてしまった。あわわ。
「こっ、これは、その、宝城君から借りた野球帽……」
しどろもどろに答えたら、風花ちゃんの目がきらりと光った。
「ダメだからね」
「何が?」
「宝城君に恋をしたら」
「えっ、なんで」
「えっ、わからないの?」
何もわからない。もしや風花ちゃんも宝城君のことが……?
風花ちゃんは呆れたような顔をした後、急にすごむような顔になった。
「いいか、よくお聞き、純情ガールよ。宝城君はね、タラシなんだよ」
タラシ……それはつまり……遊び人ということだろうか。
「ほ、宝城君って、そんな、何股もしているような、タコ男だったの?」
人間は足が2本だから股は一つしかかけられないのに、タコは足が8本だから股が七つもある。遊び人ならタコレベルに違いない。宝城君がタコ男だなんてショックだ。
「いやいやいや、私、そこまでは言ってないから! そうじゃなくて、誰にでも優しいってこと。宝城君に恋してる女の子は多いんだから、本気で好きになっても辛い思いをするよってこと!」
「知らなかった。宝城君ってそんなに人気あるんだ」
「だって優しいもん。でも、実際に恋するなら、ああいうみんなにいい顔する人じゃなくって、もっと堅実な男のほうがいいよ。そのほうが絶対幸せになるから」
なんだかリアリティーのあるコメントが飛び出したぞ。
「風花ちゃんは、堅実な男をつかまえたの? 実体験からの感想なの?」
「違うよ、ネットの受け売りだよ、悪かったな!」
なんだ、そうなのか。びっくりした。
昼休み、私は紙袋を持って、宝城君の席に行った。
「あの、宝城君。これ、貸してくれた帽子。一応洗っておいたから、返すのおくれてごめんね」
宝城君は、目をまるくして紙袋を受け取った。
「洗濯してくれたんだ。そんなのしなくて良かったのに。あ、でも、だから予備の帽子を持ってるかどうか聞いたのか。達川さんのそういう律儀なところって良いね」
にこりと微笑まれた。
なるほど……これがタラシというやつか……。妙に納得した気持ちで風花ちゃんのほうを見ると、深々と頷き返された。
帰宅したが、家には誰もおらず、カイ君も熟睡していた。
私は台所に行き、なるべく音を立てないよう気をつけながら、棚から製菓道具を出した。
きょうの気分はガトーショコラ、と思ったけれど、チョコがないので、かわりにカボチャでガトーパンプキンにすることにした。これはチョコのかわりにカボチャを入れるケーキで、食感はガトーショコラそのものだ。
まずカボチャの皮をむいて、小さくカット。レンジで加熱し、スプーンで押しつぶしてペースト状にした。ボウルで卵黄と砂糖を混ぜ、別のボウルで卵白を泡立てる。卵白を泡立てるのにハンドミキサーを使ったから、カイ君が起きるかもしれないと心配したが、そこはカイ君、全然起きてこない。みっちゃんが「ふじ姉ちゃんだけズルイ」と叫んだら一発で目が覚めるのだが、こういう騒音はスルーできるらしい。
卵黄と砂糖のボウルにカボチャを入れて、生クリームを加えた。よく混ぜたら少量のメレンゲを入れて、そこに薄力粉をふるい入れて、だまが残らないように混ぜ合わせる。メレンゲを全部入れて、さっくり混ぜたら、オーブンで30分ほど焼いて……。
はい、ガトーパンプキン、完成である。
では早速、いただきますか。
ナイフで切り分けていたら、「ただいま~」という声と、鈴の音がした。みっちゃんは本当に帰宅のタイミングが良過ぎて感心する。
二人分用意していたカップに、紅茶を注ぎ入れ、ガトーパンプキンを二切れ、ケーキ皿に乗せた。
「あ! ふじ姉ちゃんだけズ……」
「みっちゃんの分も用意してるよ、さあ、手を洗ってきたら席について!」
ははは、ズルイって最後まで言わせなかったぞ。
カイ君は寝返りを打ったが、そのまま眠り続けた。
ガトーパンプキンは、カボチャの風味と甘みが引き立つ、カボチャ好きにはたまらないケーキである。ねっとりとした食感と、表面のほろっとした食感が絶妙だ。生クリームをたっぷり使っているから、こってり濃厚な美味しさで、食べていたら何もかも忘れられそう。
恋が始まる前に終わった日には、ぴったりの濃厚さだった。
(第6話 完)
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