第5話 ときめいた日のカニカマ炒飯

 ある朝、教室に入るなり、私はクラスメートの風花ふうかちゃんに向かって顔を突き出すようにして、前髪を指さした。

「見てこれ」

 スマホから目を上げた風花ちゃんは、すぐに察してくれた。

「うあ、前髪がはねてない」

「そうなの、なんでかわかんないけど、朝起きたらこうだった」

 私の前髪は、いつも横っちょの部分だけはねるのだが、今朝はきっちりとそろっていた。

「髪がまっすぐになる寝癖がついたんだねえ」

「奇跡が起きたね」

 おかげで今朝は気分が良い。


 しかし、幸せは長続きしないのである。

 小雨が降ってきた。しかも3時限目の体育ではマラソンをやらされるという話だ。小雨ぐらいでは中止にならないだろう。

 教室から窓の外を見て、

「いやだ、雨、濡れたくないよ」と、風花ちゃんに愚痴った。せっかくの寝癖が取れてしまう。

 そのとき、同じクラスの男子、野球部の宝城くんが、私の頭に野球帽をかぶせた。びっくりしている私に、「濡れたくないなら、マラソンのときは、それかぶってなよ」と言って、教室から出ていった。


 ときめいてしまったのである。

 ときめいてしまったのである!



 私は赤い顔をして野球帽を被ったまま、体育の授業に出た。うちの学校は体育は男女別で行われるが、どういうわけか男性教師が女子を担当し、女性教師が男子を担当していた。

 体育教師の小村一雄先生は、グラウンドで小雨に濡れながら体育座りしている女子の中から、私の帽子を発見した。まあ目立つしね。


「お、ん? んん? それは野球部の帽子。うちは野球部は男子のみ。うん? どういうアレなのかな。先生ちょっと気になっちゃう。どういうアレかな? せ・い・しゅ・ん、かな?」

「キモい」

 誰かがぽつりとそう言った。女子一同、一斉に下を向いて、笑いそうになるのをこらえた。

 でも、私はなんだかキモいというのはちょっと可哀想かなと思ったので、

「小村先生はキモくないです」と、とっさに言っていた。

「ノー」

 小村先生は叫んだ。

「そういうの先生は良いと思うのだけれども。こういうときに先生をかばうと、ごますり? 教師に媚びているみたいな、そういうふうに思われてね、いじめとか面倒くさいことになるかもしれないから、こういうときは先生をフォローしなくていいから」

 小村先生がそう言ってくれた。いい先生だ。

「それで、どの男子? こ、告白とかした?」

「告白って……そんなことを聞くなんて……」

「キモい?」

「いえ」

 私は顔を上げた。

「キモくはないですけど、セクハラなので、校長先生と教育委員会に苦情を伝えたいです」

「ノー」

 今度はみんな顔を上げたまま笑った。



 その日、帰宅すると、先に帰っていたみっちゃんが「ふじ姉ちゃん。きょうのおやつは何にする?」と、聞いてきた。

「おやつ……きょうは要らないかな」

「えー? やだあ」

「みっちゃんは食べていいよ」

 しかし、みっちゃんは不服そうだ。

「みっちゃん、一緒に食べたいもん。なんでふじ姉ちゃんは食べないの?」

 ときめきで胸がいっぱいなのさ! とは言えないので、

「ダイエットしようと思って」と、だけ答えておいた。


 そういうわけで、きょうは何のおやつもないのである。


 しかし、どういうわけだろう。わずか30分後には「なんか食べたいかも」という気持ちになってしまったのである。どういうわけだろう。


 冷蔵庫の中をチェックしてみると、カニカマの残りを発見した。

「これって食べたら怒られるやつかな。でも、残り1本だけだから食べても大丈夫だよね」

 勝手にそう判断し、レッツ・クッキング!

 フライパンに油を引いて、刻んだネギを炒めた。香ばしい良い香りがしてきたら、手で適当に裂いたカニカマを投入。そこに溶きたまごを回し入れて、レンジで解凍した冷凍ご飯をフライパンに合流。仕上げに、塩胡椒としょう油で味を調えて。


 あっという間に、カニカマ炒飯の完成である。


 せっかくなのでレンゲで食べよう。レンゲってちょっと食べづらいけど、なんとなく中華を美味しく感じさせる魔法の食器なのだ。


 半分ほど食べ終わったころ、みっちゃんが部屋から出てきて、

「ふじ姉ちゃんだけ何か食べてる! ズルイ! しかも、がっつり食べてる。ダイエットするって言ってたのに」と、猛烈に抗議してきたので、残りのカニカマ炒飯は妹様に献上することになった。



(第5話 完)

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