第4話 「マック」っぽいお弁当


 みっちゃんは、運動が大の苦手だ。

 スポーツが不得意というだけでなく、体を動かすこと全般が大嫌いなのである。手を動かしたり、口を動かしたり、目を動かしたりするのも嫌いである。だから、絵を描いたり、ハーモニカを吹いたり、教科書をめくったりするのも嫌いなのである。昔は食事も嫌いだった。

 そこで母は考えた。姉が楽しそうに食事をしているところを見せれば、みっちゃんも食事に興味を持つかもしれない、と。

 そのもくろみは見事に功を奏した。ふじ姉ちゃんだけずるいと言って、自分も食べるようになったのだ。

 成功に味をしめた母は、みっちゃんのさまざまな「嫌い」を克服させるため、姉にいろいろなことをやらせた。本を読ませたり、絵を描いたり、タンバリンをたたきながら踊ったり。私は喜んで協力した。しかし、みっちゃんはそれらには興味をしめさなかった。ふじ姉ちゃんと同じことをしたいと言ってくれたのは、食べることだけだったのだ。


 そんなわけで母はみっちゃんの運動嫌いを改善することはもう諦めてしまったが、私はまだ諦めていない。食事嫌いも治ったのだから、いつかみっちゃんは運動だって好きになるかもしれなかった。しかし、それは遠い未来の話であって、今すぐ好きになれというのも無理な話なのだろう。


「みっちゃん、遠足なんて嫌だ。あした学校休む」


 みっちゃんは床にカイ君を置いて、背中を撫でつけながら伸ばしている。カイ君はうつぶせ状態で伸びて、フランスパンのような細長い形になっていた。普段は太めのコッペパンなのだが。私に「助けて……」という視線を送ってきたが、気づかないふりをした。本気で嫌がっているなら、自力で抜け出せるはずだろう。いや、でもカイ君はみっちゃんに気を遣っているところがあるから、もしかして遠慮して逃げられないのだろうか。小学生には優しいフェレットなのかもしれない。そういえばカイ君はみっちゃんだけは噛まないなあ。私がそんなことを考えている間にも、みっちゃんと両親の会話はすすむ。


「遠足、きっと楽しいよ?」

「楽しくないもん。疲れるし、汗もかくし、足も痛いもん」

「お友達とお弁当食べるの、楽しみだよね?」

「外で食べたら虫が来るから嫌だもん。教室で給食のほうがいいもん」

 ううーん、説得もそう簡単にはいかないようだ。

「ふじ姉ちゃんが、遠足用に、特製お弁当をつくってくれるよ」

 突然、父がそんなことを言い出した。

「私!?」

「えっ、本当に?」

 みっちゃんが顔を上げた。そのひょうしに、カイ君から手が離れてしまった。カイ君は素早く立ち上がると、リビングを足早に横切って、自分の寝床のクッションにぱたんと倒れ込んだ。すう、と鼻息の音がしたのに合わせて、背中が上下した。ため息だろうか。カイ君も気を遣って大変だな、っていうか、私、お弁当をつくるの?


「ふじ姉ちゃんがお弁当をつくってくれるなら、みっちゃん遠足行く」


 ああもう。

 でも、行く気になったのならいいか。

 しょうがない、可愛い妹のためだ。ひとはだ脱いでやろうじゃないか。


 さて、どんなお弁当にしよう。きっと家を出る前に、みっちゃんのお弁当チェックが入ることだろうから、メニューはしっかり考えねば。もし筑前煮とおかか御飯なんていう和風弁当にしたら、和食に興味がないみっちゃんは、「みっちゃんガッカリ、もう遠足行かない」と言い出しかねない。みっちゃんのテンションが上がるようなものを入れなきゃだめだ。


 みっちゃんが一番好きなもの、それはマックのチーズバーガーとポテトである。


 もう朝マックでも買ってきて弁当箱に詰めたらどうか? という気持ちにならないでもないが……。



 遠足当日。

 私はいつもより2時間ほど早起きして、買ってきたバンズをフライパンで軽く焼いた。薄切りの牛肉も塩こしょうして焼いていく。チェダーチーズのスライスチーズとトマトケチャップも一緒にバンズで挟めば、マックのチーズバーガーっぽい味になるのである。大事なのは絶対にチェダーチーズにすることだ。


 ジャガイモは一口サイズにカットして、1時間ほど水にさらしておいた。これを耐熱皿に並べ、オーブントースターで25分ほど焼けば、外はかりっと、中はほくほくのフライドポテトっぽい食感になるし、冷えても美味しいのである。大事なのはよく水にさらすこと。さらし足りないと、ほくほくになりにくい。味付けは、ローズマリーと塩にしたいところだが、みっちゃんはハーブが嫌いなので、塩だけにした。


 こうして、「マックっぽいお弁当」をつくった甲斐あって、みっちゃんの事前チェックで無事許可がおりた。

 みっちゃんは、ピンクのリュックサックを背負い、かわうそ柄の水筒を斜めがけして、「やっぱりみっちゃん歩きたくない。おうちでマックっぽいお弁当食べたい」とぼやきながらも、どうにか遠足に向かってくれたのであった。


(第4話 完)

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