第3話 桃甘酒
いま、私は自宅のリビングで倒れている。
おなかが痛いのである。
私は家族の中で一番胃腸が弱いようで、何か古いものを食べたとき、倒れるのは私だけである。
さて、腹痛の原因だが……ええと、昼に食べたインスタントラーメンの賞味期限が切れていたし、トマトジュースも期限切れだった。あと、野菜もちょっと傷んでいたかも。心当たりがありすぎて、どれだか特定できない。
「うう……つらい……」
うつぶせになり、じっと痛みに耐えていたら、足の裏にもふっとした感触がした。
見なくてもわかる。カイ君である。
カイ君は、私のまわりをぐるぐると回り始めた。何かの儀式だろうか。ときおり私の指をくわえて引っ張ったり、足の裏を舐めたりしている。何かの儀式だろうか。
「あれ、ふじ姉ちゃん、何してんの」
みっちゃんが部屋から出てきて、倒れている私に声をかけた。
「うう……おなかが痛いんだよ……」
そう言いながら起き上がると、カイ君がまっすぐに私を見上げてきた。目はいつも以上にまんまるに見開かれ、口が少し開いている。そのままフリーズしてしまった。
「カイ君、どうしたの?」
みっちゃんが声をかけても、カイ君は微動だにしない。
「カイ君?」
私が撫でようと手を伸ばしたら、カイ君のフリーズが解け、その場でじたばたと暴れ始めた。地団駄を踏むという言葉があるが、まさにそういう感じで、ばたんばたんと音を立てて、足の裏で床を叩いている。そして、私に体当たりをしてきた。
「たこ焼きを食べた日みたいになってるね」
「確かに。なんでだろう」
「うーん。さっき、ふじ姉ちゃんって死体みたいだったよ。だから、カイ君はふじ姉ちゃんが死んじゃったのかもって思って、心配したんだよ」
「え、そうなの」
私は体当たりを受け止めながら、カイ君に尋ねた。
「心配してくれたんだね、ありがとう……って、心配っていうより、怒ってない?」
「人間のくせに、フェレット様に心配なんかかけさせやがって、なまいきだぞ! ってことなんだよ」
人間のくせになまいきで済みません……。
もしかして、たこ焼きの日も、辛い辛いと騒ぐみっちゃんたちを心配して、それで怒っていたのだろうか。
「怒るんじゃなくて、もっと優しくしてほしい……」
カイ君はぼよん、ぼよんと体当たりを続ける。
さて、胃腸も弱っていることだし、夕飯は食べないようにして、かわりに特製ジュースでもつくって飲むことにしよう。ちなみにみっちゃんたちの夕飯はカレーだ。きのう母がつくったものの残りである。
私は台所で、棚からミキサーを取り出した。
ジュースのベースに使うのは甘酒だ。買い置きの缶入り甘酒を、一缶全部ミキサーに投入する。いつもはそこにフルーツを入れるのだが、あいにく家には何もない。もちろん買いに行く元気もないので、桃の缶詰をあけて、ミキサーに入れてみることにした。
こうして、本日の特製ドリンク、桃甘酒の完成である。
コップを二つ出して、一つにはたっぷり、一つには少量をそそぐ。どっちが私の分で、どっちがみっちゃんの分か?
みっちゃんは、何も言わずに少量のコップを手に取った。いつもなら多い方をとるくせに。体調の悪い姉を気遣っているのだろうか。優しい子や……。
「みっちゃん、これあんまり好きじゃない。だって甘酒が入ってるんだもん」
別に優しさではないらしい。
(第3話 完)
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