二十九 出撃用意

 鮮やかな赤の門をくぐる。絢爛豪華を絵に描いたような建築を見渡して、ひとつ息を落とした。姿眩ましは相変わらず好調。すぐ隣を幽暗朔月の者が通っていったが、由羅の存在に気づく様子はない。

 二度目の幽暗朔月。まさか因縁のこの場所に、依頼や報復ではなく自分の意志で踏み入る日が来ようとは、想像もしなかった。

 由羅は、白梅楼を後にしてから、一度自宅に戻って必要なものを持ち出してきた。携帯食料、様々な薬、以前朱莉にもらった幽暗の見取り図、その他――荷物の中には、捧の刀も三振り含まれている。捧に使わせようというわけではない。話ができて、彼がもう館に戻る気でないとわかったら、返すつもりで持ってきたのだ。剣術を心得ていない由羅が持っていても無駄になってしまうだけのものだから。

 長期戦になるだろう。食料などは、なくなれば外へ買い出しに行くことになる。少ない日数で見つけ出したいが、どうなるか見通しが立たない。

 折りたたんだ紙をかさりと広げて、幽暗の塔の見取り図に目をやる。頭領を始末しに乗り込んだときは、とんだ誤情報だと朱莉をこき下ろしてしまったが、この地図はとてもいい仕事をしている。依頼のみならず、由羅の個人的な用事にも役立っているのだから、本当に優秀だ。

 紙面からわかるのは、とにかく広大だということ。端から探していてはきりがないし、捧が地図にも載っていない隠し部屋に幽閉されていたら、全く歯が立たないのだ。

 得意の読心術を取ることにした。塔の中を歩いて手がかりを探し、手当たり次第に思考を読んでいく。『砂京』と名が出てきたら儲けものだ。また、望みの情報を持っていそうな者を見つけたら、一時的に的をその一人にしぼる。

 前回とは打って変わって、とにかく地味な作戦だ。由羅の本領とも言える、隠密行動である。

 愚鈍かもしれない。千の砂粒の中から、一欠片の宝石を拾おうとするようなものだ。けれど案外上手くいく――由羅は経験でそれを知っている。自分の技量に自信がある。

 思考の濁流が頭になだれ込んでくる読心術は、大量の情報を処理する技術も重要となる。どのくらいさばけるかは、使い手の技量次第だ。

 明確な言葉や絵や音ではないし、そもそも思考というものは個人差がとても激しい。それを読みきるには、ただ踏んできた場の数が物を言うのだ。

 万が一にも姿眩ましを破られることがないよう、中の下あたりの地位の者から取りかかる。こういった役職は、実力に応じて任命されるものだ。そして、幽暗の者の力などたかが知れている。

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