四 遭遇のち戦闘

「――横道から見てるね? 今、僕の前にいる二人組が〝死神〟さ。後は好きにすればいい」

「おい」

 由羅が駆け寄って砂京の腕を掴んだときには、もう砂京は時計の蓋を閉めて話を終えていた。

「どうしたのかな、怖い顔をして」

「ふざけるな。なんだ今のは」

「伝言だよ?」

「相手は」

「内緒」

「私たちを売ったんだな?」

「そんな形になるのかな。まあ、ちょっとした小遣い稼ぎだよ」

 由羅がさらに目つきを険しくするのに見ないふりをし、砂京は平気で言ってのける。

「西方に住まう、謎に包まれた〝死神〟。君たちの情報は、本当に飛ぶように売れるんだよ、かなりいい値段でね。案内してあげると喜ばれる。決まった日には根城を留守にする話とかも売れ筋かな?」

「……それも」

「今頃は、別のお客様を館の前で待たせているかもね」

 砂京は扇子を口元にやってくすくすと笑う。〝死神〟の方はといえば、数え切れない恨みを買っている自覚はあるので、何も言えない。

「僕の財布は重くなる、君らは邪魔者を排除できる。互いに利点はある」

「どうだか。私たちにとっては、無駄に戦うのは利益じゃない」

「まあまあ落ち着いて。相手しても疲れないように、弱い奴にしか売ってないから」

 へらりと顔を崩す砂京。由羅は思いきり睨みつけて毒を吐く。

「立派に金の奴隷だな」

「君たちに同じ言葉を返すよ。じゃ、話はこのくらいにしておいて、僕はお先に」

 砂京は悠然と場を去る。恨ましげに彼の背中を見ていると、近づいてくる足音に嫌でも気づかされた。競り市の楼閣の方から、駆けてくる影が五つ。由羅の口から舌打ちが漏れた。

「何が『奇遇』だ。どうせ最初から狙ってたんだろ」

 傘を畳んだ肩に雨粒が降りかかる。適当な軒下に勝手に傘を置き、捧も同じようにした。

「護身用のしかないや。知ってればちゃんと帯刀してきたのに」

 捧は袖口から小刀を取り出し、由羅は黒雲が垂れ下がる空へと右手を振り上げた。指先から小さな金の炎が飛び散り、空間に消える。

 きっとこのとき、〝死神〟に鉄槌を下さんと走り寄ってきている者たちには、彼らが前触れもなく消えたように見えたことだろう。

 実際、間違いではなかった。由羅の「姿眩まし」の妖術で、〝死神〟は同じ場所にいながらにして、姿は他者から見えなくなったのだから。

 困惑して駆け足を緩める敵たち。妖力を大量に使う姿眩ましを長時間、しかも戦いながら使い続けるなどという荒技は、あまりにも突飛で思いつくことすらないのだ。

 相手の戦意が揺らいだところで、捧は小刀を軽く振り妖術をかける。紫の目の中、ちらちらと揺れる光は金色。由羅のものと同じ色だ。

 短い刀身が、夜目にもまぶしい黄金の炎をまとった。炎はまっすぐに、狭い幅で平たく長く伸び、通常の刀剣と同じほどまでに刃を伸張させる。その明るさも、敵には見えないのだ。

 まず一人目。助走をつけて、一番近くにいる者に斬りかかる。反撃を許さず畳みかけ、斬る、斬る。ついでに腕も落としておく。自力でまた繋げたり生やすかもしれないが、別の腕をぐほどの怪我になれば、上手くいけば〝死神〟の商品を買ってくれるかもしれない。

 傷口は炎が舐めたように焦げている。妖術の気配を察した相手の一人が叫んだ。

「姿を消しながら炎を出すだって!? ありえない、負担が大きすぎる!」

 声のした方では、まだ戦える仲間を囲んで、防御の結界が張られていた。見えない〝死神〟相手には無駄なことなのに、四人ともおろおろと辺りを見回して、手の震えが伝わる剣先をあちらこちらへ向けている。全方位を守ったつもりだろうか。

「慌てるな。この分じゃ、すぐに妖力が尽きて倒れるぞ。そこを狙うんだ」

「り、了解!」

 落ち着いているのはせいぜい、他に指示を出している一名といったところだ。捧は嘲るような気持ちで結界に近づき、無造作に炎刀を振った。金色の炎が結界を裂き悲鳴が上がる。由羅の妖力で作られた炎に、弱い術で立ち向かえるはずがないのだ。

 すっかり恐れをなして逃げ出そうとした敵だが、ぴたりとその動きが止まる。

「足が! 足がっ」

 足の裏が地面へと根を下ろしてしまったかのように、微動だにしない。由羅の拘束の術がしっかりと効いているのだ。間を置かずに、それぞれの武器が石を敷き詰めた道に落ち、意に反して両腕が体の脇にぴたりと揃い、直立の姿勢で固まった。

「なんなんだ、これは!」

「これ以上の術なんて、ありえない!」

 怯えに染まりきった悲鳴。愉快で得意気になり、捧の口角は上がってしまう。

 ありえない、と叫んでいるが――その不可能をやってみせるのが由羅なのだ。無限の妖力を操り、どんな術も手中に顕現させる、至高の妖術使い。

「やっぱりやめておけばよかったんだよ親方ァ! 〝死神〟の相手なんて無理ッ、ぎゃっ!」

 捧が腹を突き刺し、斬り捨てて、台詞は途中で消える。残るのは、地に伏したうめき声だけ。くるりと体の向きを変え、残りにかかった。

 雨とあって足場は滑りやすいのに、捧は体の重みも感じさせない身軽さで動き回る。もう一人、さらに一人と仕留める手さばきも速く鮮やかで、全員が倒れるのに時間はかからなかった。動きを止めて辺りを見回し、敵がもう来ないと確認したら、刀の炎を消して元通りにしまった。

「あっけないの」

 呟き、顔についた水滴を手で拭う。頭の上に傘が差しかけられた。一足先に傘を回収してきた由羅だった。

「怪我は?」

「ないよ」

「よかった。お疲れ様」

 当たり前のように、背が低い方の捧は顎を上げ、逆に由羅はわずかにうつむき、唇を重ねた。慣れを感じさせる二人の動作は、少しの熱を帯びていながら、どこか機械的だった。

 捧の喉がこくんと動き、流れてくる妖力を飲み下す。戦った後には妖力を渡すのが、二人の間にいつしか生まれた約束だった。館でやるように手を握ってもいいのだが、口移しで飲む方が、断然入りがいい。一、二度口づけてはっと息をついた。

「……平気?」

「うん。いけると思う」

 妖術を使いながら動くのは、捧には少し厳しい。妖力が少なくなると全身に影響が出るから、常に気をつける必要があるのだ。本当ならきちんとした刀で妖術など使わずに、妖力を温存して戦いたかったが、持っていないものは仕方がない。

「……どこぞの性悪眼鏡によれば、まだ控えてるんだってね」

「まったく嫌になるな。姿眩ましはかけたままにしておくぞ」

「わかった。……ねえ、急ぐ? 相手はもう館にいるかも」

「一応、そうしておこう」

「走ろっか。濡れるけど」

「まあ我慢だな」

 由羅の傘が畳まれ、二人に雨粒が降りかかる。また今日も、片道しか使わないで傘を畳むことになってしまった。前にも何回かあったのだ。競売オークションに出かけたら戦う羽目になったことが。

 来たときとは反対方向に、自分たちの館へと駆けるうち、由羅がふと足を止めた。

「……二人。南側から入ろうとしてる」

「後ろから回ろう」

「了解」

 大通りから路地に入り、複雑に折れ曲がる道を進んだ。姿眩ましで〝死神〟が相手に見られることはないが、用心に越したことはない。

 じょじょに近づき、建物の陰から館が見えるまでになった。目標の二人は妖術のことを話し合っている。館に張り巡らせた由羅の結界が破れなくて、入りやすそうな壊れた壁なのにと苦戦しているらしい。

 さっき大通りでしたのと全く同じに、捧が炎刀を準備したら斬りかかり、由羅が敵たちの動きを封じて補助をする。侵入者は、武器を出す暇もなく由羅の術を食らい、拍子抜けするほどたやすく始末できてしまった。

 やけに手応えがないな、と訝しんだとき。赤黒い光が迫ってくるのが見えた。まっすぐ捧を目がけている、矢だ。

 もう一人、弓使い――おそらくこちらが本命。

 地面を強く蹴って後ろへ飛びのくが、落下するかに見えた矢は、意志があるようにぐいと頭を持ち上げ、飛び続けた。妖術がかかっている、駄目だと悟った瞬間、焼けつくような痛みが右足を貫いた。

「捧!」

 叫んだ由羅が結界を張ろうと手を上げたとき、彼にも背中から下腹部に鋭いものが突き刺さる。

「がっ」

 うめきを吐いて地面に崩れ落ちる。体から生えた矢の周りに、不格好な円を描いて服に血が滲んだ。

「由羅!」

 捧が呼んでいる。怪我をした片足を引きずり駆け寄ってきて、由羅の隣に膝をついた。 

「傷が」

「いい。借りるぞ」

「う、うん」

 遮って了解を取り、捧の足の甲から矢を引き抜く。その顔が苦痛に歪み、由羅の方まで傷のない胸がずきりとした。

 矢がまとう妖術は、目標を追って軌道を都度変えるもののようだ。何かしら命中の条件があるだろうが、詳しく探ってはいられない。とにかく力で叩き伏せるまでだ。金色の光が矢を包み込む。

 矢羽から炎をほとばしらせて矢が飛んだ。ほどなくして、矢の飛んだ方角からかすかに、どさりと体の落ちる気配がする。ぽとりと地面に落ちたのは、今まさに宙を切って向かってきていた三本目の矢だった。

「……もういないな」

「由羅、ごめん、オレがよそ見させたから」

「…………」

 ゆるゆると首を横に振る。

「ぬ、抜くからね」

「ああ、……頼む」

 捧はあかがね色の矢を握りしめ、一息に引き抜いた。すぐに由羅が傷口に自らの手をあてがい、金の炎が上がる。数秒後、炎が消えたとき、血はもう止まっていた。

「由羅、傷は」

「大丈夫。術で治した。それよりも捧だろう」

 由羅が肩を貸して館へ入り、居間への短い距離をゆっくりと歩いた。

「右足の他には?」

「ないよ。毒とか妖術もない」

「わかった。じゃあ、座って」

 腰を下ろせば、脈に合わせて、波が寄せて返すように足がズキズキと痛んだ。奥歯を噛みしめて耐える。

 由羅は薬類の入った箱を持ってくると、捧の前にひざまずいて靴を脱がせた。捧が慌てて静止する。

「いいよ、自分でやる」

 重傷の由羅に甲斐甲斐しく面倒を見られては、合わせる顔がない。足を引こうとしたが、傷に響かないようやんわりと踵を掴む手が、させてくれなかった。

「由羅、自分の手当して」

「私はもう塞がってる。痛いだけだ」

「だけ、って」

「とにかく、やらせてくれ。捧はまだ生傷なんだから」

 由羅の手は捧の右足を離さず、素早く処置を施していく。熱くない金の炎が足を舐めると、傷口が一瞬にして塞がり、痛みは幾分和らいだ。軟膏を塗って包帯を巻かれる。そして仕上げとばかりに、足首の素肌に軽く接吻キスを落とした。

「由羅?」

「早く治るように、な」

「……ありがと」

 巻かれた包帯に緩みはない。自分でやるより格段に丁寧な仕事だった。

「あとは、なんだ、風呂や食事は、後回しでいいんじゃないか? 私は寝たい」

「そうだね。妖力は……減ってるけど、寝てる間にどうにかなるか」

 寝室に行って適当に着替えると、それぞれ、由羅は上裸、捧は髪をほどき、思い思いの寝巻き姿で同じ布団に潜り込む。今日は二戦もして疲労が大きく、特に捧は妖術の刀剣など使っていたから、横になってすぐ、泥のように眠りに落ちた。

 二人の夜は、そうして更けていく。

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