二十五 反撃の狼煙

 細い雨の降る朝だった。

 剣術の稽古はなかった。悪天候を押してまで練習しようとする奇特な者はいなかったからだ。手術もなかった。時刻は早く、手術を施すべき肉体はまだ運ばれてこない。

 いつも通り、無造作に出される朝食を口に押し込んだら、ぼんやりしていた。由羅は来るかな、来てほしいと思いながら、きっと来ないと諦めていた。

 期待しなかった日はない。

 稽古の日以来、由羅は一度も外科手術棟を訪れていない。当たり前だ。あのときの淵衰の態度、逆鱗に触れたことは明らかだった。外出自体禁じられているかもしれない。気を揉むが、外科手術棟に閉じ込められている捧には手出しができないことである。淡々と日々の仕事をこなした。

 どうせ今日も、手術が始まるまでは暇なのだ。どうしようもない。寝てしまえば考え事をしなくてすむから、と昼寝をすることにした。

 横になる。この頃は、どんな状態でも、床に背中を預ければものの数分で寝入ってしまう。たとえ、由羅に会えるか会えないかと不確実な希望に心が揺れて不安であってもだ。由羅と会わなくなってから、すぐ眠くなってしまうようになった。妖力が少ないせいで、体力も長く持たないのだ。



 数十分のうたた寝か、何時間も熟睡したのかは、判然としない。

 体を揺すられて目を覚ました。仕事を知らせに来た老爺かと思ってゆっくり目を開ける、が。視界に入った姿が像を結んだ瞬間、驚愕と混乱にまみれながら飛び起きた。

「由羅!?」

 寝起きの脳髄を、氷水が駆け抜けたようだった。目をこすっても、前にいるのは間違いなく由羅だ。見間違えるはずもない。何日焦がれたかわからない、なだらかな顎の線、高い鼻筋、薄い唇、くっきりした眉、長い睫毛に、透き通る金の眼。

 大丈夫なの、と問おうとした。打ち合いのことは、処分は。消息が知れなくて本当に不安だったのだ。しかし捧よりも先に、由羅の言葉が出た。

「捧、お願いだ、私と来てくれ」

 同時にぐいと突き出されたのは、鞘に入った長剣が一振り。

「淵衰から盗んできた。新品だから、切れ味は大丈夫だと思う」

「……待って、由羅」

 手を上げて制する。情報が多くてついていけない。

「……何するの」

「華煌を壊す」

 即答だった。捧が衝撃で言葉を失っているうちにも、由羅は続ける。

「私が妖術で補助するから、捧が敵を斬ってくれ。今日は重要な話し合いがあって、重役はほぼ全員が出払ってる。こんないい機会はもうない、早く」

「待って。なんの話」

「だから、作戦」

「本気なの?」

 由羅は頷いた。一欠片の迷いもないのは明らかだった。

「捧にしか頼めないんだ。私の顔見知りは皆、華煌に満足しているから」

「由羅」

「何?」

「…………ええと……」

 名を呼んだものの、言いたいことなど考えていない。ついうつむけば、由羅は重ねて問いかけた。

「捧はここでいいのか。ずっと一生、道具みたいに使われても、いいのか?」

「嫌、だけど、どうせ」

 そこまでしか言えなかった。

 突然胸ぐらを掴まれて、口を塞がれていた。声になろうとした音の欠片が、捧の喉の奥で鳴る。舌を入れられて、がりりと歯がぶつかった。色香も雰囲気も全くない、下手くそな深い口づけ。そして押し寄せる、妖力の奔流。

「私だったら、こうやって妖力が渡せる」

 はっと息を吐いて解放されたら、間を置かずに説得が飛んできた。

「こんな狭くて暗くて汚いところに閉じ込めたりしない。服もちゃんとしたものをあげられる。食事だってそうだ」

 正面から注がれるのは、見たこともない真剣な視線。無意識にごくりと唾を飲み込めば、妖力の塊が喉を通って腹に落ちた、気がした。

「華煌より……淵衰より、私の方が捧を大事にする。約束する。だから代わりに、力を貸してくれ。捧がいれば勝てる」

 断言は確信に満ちていて、正面から受け止めるには大きすぎた。

「オレなんかには、無理だ」

「そんなことない。捧は気づいてないかもしれないけどな、華煌の剣客と互角に渡り合うなんて、並大抵の奴にはできない」

「でも」

「できるよ」

 お互い少し黙り込んでしまった。捧はなんと言えばいいのか少しもわからなかったし、由羅も、押しつけるのはと躊躇していたのだ。

「…………いや、悪い」

 沈黙を破ったのは由羅だった。

「忘れてくれ。捧がやりたくないなら言わないよ。私が罰を受けるだけだしな」

「由羅が?」

「幹部の淵衰の命令に背いてここへ来たんだから、よくても謹慎、つまりもう一回、しばらくの監禁だな。悪ければ……どうなるんだろうな? 予想もつかない」

 まるで他人事のように笑ってさえいた。痛々しくて、見ていて苦しくなる。

「……やだ」

 気づけば口にしていた。深く考えもしなかったのはきっと、考える必要もないくらい明らかなことだったからだ。

「由羅が痛いのは絶対に嫌」

 床に放置されていた剣に手を伸ばす。見た目よりもずっと重いが、扱うのが難しいほどではなさそうだった。稽古のときに使っているのと同じ、刀の形をしているのだから。

「オレ、やる。由羅についていく」

 捧の瞳には、もうためらいはない。覚悟が灯っていた。

 由羅はしばらく捧を見つめて、それからやっと、安心したように微笑んだ。

「ありがとう。……戦うなら、妖力が必要だよな。少し貸して」

 頭の後ろへ手を伸ばされるのにも慣れたものだ。何回か口づけを交わした後に、由羅の手が軽く髪を撫でた。

「捧、髪縛ったらどうだ? 空き地で戦わされたとき、髪の毛が邪魔そうにしてただろう」

「あ、うん……確かに、動くとうざったい」

 肩の上に落ちる自らの髪を見る。かろうじて前髪だけを、鋏のような手術用具で自分で切っている。横や後ろは伸びるに任せているから、不揃いで乱れていて、激しく動こうとすると視界に入ってくる。

「私のでよければ、使うか?」

「ん、うん」

 由羅は頭の後ろに手をやると、赤茶色の髪紐をつまみ、引いてほどいた。高い位置で束ねられていた黒髪はすとんと落ち、髪紐に押しつけられていた跡を残しながら広がる。それを手櫛ですきながら紐を差し出した。

「はい」

「……やり方、わかんない」

「あ、そうか」

 由羅は手を引っ込めると、捧の背後に回った。象牙色の糸たちをひとつにまとめて、さっと紐を結ぶ。邪魔にならないように、縛る位置はうなじの髪の生え際近く、低めにしておいた。

「どうだ?」

 捧が軽く頭を振るが、緩みはせず安定していた。

「いいかも。ありがとう」

 視界が一気に広くなった。横の髪を耳にかける程度しかできなかった、手術を繰り返す昨日までの毎日が馬鹿馬鹿しく思えてくる。

「……準備は、このくらい?」

「うん、そうだな」

 由羅は最後にひとつ、伸びをした。

「行こう」



 細い雨の降る朝だった。

 生き残った華煌の構成員は後に、鬼神が出た日だ、と語った。

 始まりは、広い敷地の隅の方で炎が上がったことだった。不届き者が火種を投げ込んで小火ぼやでも起きたかと、何名かが消火に向かった。矢の嵐が襲ってくる日もあるのに比べたら、こんなもの火事ですらない。わざわざ雨の日に放火するとは愚かだな、と嘲笑う余裕さえあった。

 かったりいな、などと口々に駄弁りながら下級の構成員が部屋を出ていく。しかし彼らは、いくら経っても戻ってこなかった。

 不審に思った同僚が窓の外を見れば、炎は勢いを増していた。見慣れない金色の、ひと目で妖術だとわかる火が、刻々と広がっていく。

 まずい、と思った。普通の火事なら水をかければいいだけのことだが、今回はどうも違うらしい。慌ただしく、おのおのが消火の応援と連絡に走り出した。

 大変な火事が起こっている、と上層部に伝えても、お前がどうにかしろ、と取り合ってもらえない。今回は本当に別で――我々の手を煩わせるな――噛み合わない会話が繰り広げられる一方、現場に着いた数名は目をみはっていた。

 緊急事態であることも忘れて、見とれてしまう美しさだったのだ。

 天へと昇る金色の炎は、雨粒を浴びても少しも弱まらない。雨天とあって涼しいはずの空気も、燃え盛るそれでわずかに熱を帯びている。降り注ぐ水滴のひとつひとつが、光を受けて金に染まり、現実離れした景色を作り出していた。

 地面には惨状が広がる。先に向かっていた数名が、血だまりの上、折り重なって伸びている。身動きがないのを見れば、意識がないのは明らかだった。

 そして。それらに囲まれて、二つの人影があった。片方はぼろ同然の服、片方は細かな刺繍が施された見るからに高価な服。地位の違いが一目瞭然の、釣り合いのとれていない二人だった。ただ、熱風に舞う長い黒髪と、金の光を反射する細身の刀は、網膜に焼きつく鮮明さだった。

 片方が跳んだ。手元の刀を光らせ、鋭く、前方へ、新たにここへ来た者を仕留めるべく。ある者は結界を張って防御し、ある者は武器で受けて臨戦体制をとり、ある者は恐れをなして逃走に全力を傾けた。

 結果として、助かったのは逃げた者だけだった。場に残ろうものなら、金の炎の餌食になって、地に伏すだけだから。

 外科手術棟に始まり、由羅と捧はじょじょに敷地の内を移動していく。二人が通った後は金の炎が激しく燃えていて、燃え種になっているのは捧により倒された者たちだ。

 そうして何人もの犠牲者の妖力を吸収し、炎は勢いを増すというのに、館の内部では不毛な会話がまだ続いている。

「火事? どうせ煙草の不始末だ」

「ですから! 術でできた火なのです! 普通のものとは明らかに違う! 絶対に、敵襲です!」

「警備の結界は反応していない。内側から起きた事故に違いない。敷地の中でも端の方なのだし」

「でしたら反乱です! 構成員が、きっと、」

「ならばなおのことだ。上を騒がせず、早急、迅速に、処理しろ」

「しかし!」

 ――華煌の敗因は、たかが火事、と舐めてかかって対応を遅らせたことだった。

 由羅が数日間待っていた甲斐があったといえよう。戦力の中核をなす頭領や幹部が揃って留守にする日は滅多に訪れない。管理者と一般の構成員が議論する間に、数少ない館の中の構成員が次々と倒れていく。強情に出動しないのにも理由があったのだが、説明する暇はなくなった。

 突如として、口論が展開されていた部屋の窓ガラスが砕けた。外側から叩き割られたのだ。破片を身にまとって部屋に降り立ったのは、雨に濡れた捧である。

「なっ、お前、」

 時間を置かず、残った窓枠を越えて金の炎が溢れてくる。下っ端の方が悲鳴を上げて飛び上がった。

「ほら言わんこっちゃない、班長!」

「お前、俺に楯突くとは――」

「そんなこと言ってる場合かよ」

 全身を低めた姿勢から、相手の体の中心を上へと切り裂く。血の匂いと悲鳴が部屋に充満する。

「逃げるなら早くしろ」

「……あ、ああああああああ!!」

 斬っていない方は、叫びながら廊下に飛び出していった。

「お前もさっさと出ていけ。まだ動けるだろ」

 捧の刀の切っ先が班長へ向く。それでも彼は腰の短剣に手を伸ばし、その反抗の意思を見た捧は、すぐさま斬撃を加えて動きを封じた。

 段取りよく由羅が前に出て、班長の体を担ぎ、先ほど割った窓の外へ投げ出す。どさりと重たい音がした。妖術の炎が素早く絡みつく。

 部屋を出たら、廊下を駆けずり回る構成員たちを前に、由羅は声を張り上げた。

「命が惜しかったらもたもたするな。すぐ失せろ」

「ふざけるな、私たちの財産を」

 全てを言い切る前に、捧の刀がその構成員を切り捨てた。

「違う、違う! 金も命もいらないんだよ。とにかく出て行ってくれ!」

 叫べば、誰も彼もが走っていく。

「一旦引け! 貴重品だけ持って、言うことを聞いて外に行くんだ!」

「今迎え撃つのは分が悪いぞ!」

 口走りながら、それぞれ多寡も様々に荷物を抱えて駆けていく。一度立て直して、後日奪還戦をするつもりだろうか。

「奪い返すなんて、させるものか」

 由羅の呟きは小さくて、捧にしか聞こえていなかった。 

 二人の姿を見ると、構成員は皆縮み上がる。あちこち歩き回り、脅し文句を投げつけたり、時折戦闘になったりしながら、構成員を追い出すために奔走した。

 由羅が一人で火を起こしたとしても負けただろう。相手には圧倒的な数がある。新たに出てくる敵と戦いながら、全員を蔓の下に引き倒すなど、無限の妖力をもってしても無茶だ。炎の蔓は優れているが、一撃で大勢を捕らえ、全員の妖力が枯れるまで保つには相当の力がいる。

 捧が孤独に、刀を片手に走ったとて同じことだ。華煌の剣術の達人に比肩する腕があっても、大勢を一度に相手して、その最中に遠距離から攻撃されたらひとたまりもない。

 二人が手を組んだからできたことだった。極端に不在者が多い状況も手伝って、大多数を仕留め、追い出すことができた。早さが命の雑な計画だったが、規格外同士の二人はやってのけてしまった。

 途中、捧が立ち止まり声を上げた。

「――じいさん!」

 廊下を歩いていく小柄な、年老いた男が一人。間違いなく、捧とともに手術を任されていたあの老爺である。

 彼は捧の姿を見つけると、つかつかと険しい形相で近寄ってきた。

「馬鹿者。華煌が潰れたからなんだ? 儂はこれで、いるべき場所を失った」

 老爺は怒りを浮かべている。捧は一度目を逸らし、それから、近くにあった構成員の自室に踏み入った。

「お前」

 老爺が困惑する目の前で、化粧台を見つけると引き出しを漁って、宝石がついた装身具アクセサリーを鷲掴みにした。

「きっと、ここはもう、じいさんの居場所だった華煌には戻らない。オレたちの勝ちはほぼ決まってるから。……じいさんの居場所を壊したかもしれないけどさ、オレはいるべき場所を手に入れたんだよ」

 由羅についていくと決めたのだ。もう後戻りはしない。決意を込めて、手の中の装身具アクセサリーたちを老爺に押しつけた。

「これ使って、どこか……どこか、今までよりマシなところを見つけてくれ。高く売れると思う。他の部屋にもたくさん、金とかがあるはずだから、残党に気をつけて、ほしいだけ持っていってくれよ」

 無言の時間が流れる。由羅は口を挟まずに、見守ってくれている。

 やがて老爺が、装身具アクセサリーを受け取って言った。

「お前の言うことも、たまには聞き入れてみよう。今の状況下で、儂の扱いはだいぶ丁寧なようだしな」

「じいさん」

「達者でな」

 捧は、由羅とともに老爺の小さな背中を見送った。

「由羅、間違っても、じいさんを傷つけたりしないでくれよ」

「もちろん。気をつける」

 言葉を交わし、再び館の中を見て回った。構成員はもうほぼ逃げたようで、人気がない。物陰に隠れている者も一人もいないことを確認したら、屋上の露台ろだいへと上がった。ここも無人だ。見下ろせばとても眺めがよかった。

「あらかた見たな。そろそろ終わらせるか」

 由羅が両手を組み合わせる。次の瞬間、目下の景色が一面、まぶしい金色の中に浮かび上がった。

「えっ、何」

 館を囲んで、金色の壁がそそり立っている。表面は陽炎のように揺らめいていた。屋根を彩る金銀が照らされて、一層の輝きを放つ。目が釘づけになった。

 美しい、と思った。雨を降らせる曇天の下、金色が目に痛いほど映えた。

「……綺麗」

 捧の声音は、美酒に酔ってでもいるようだった。ひょっとすると、酒を飲むよりもいい気分で酩酊していたかもしれない。

「由羅、これ、どうなってるの」

「倒した奴に、妖術をかけておいただろう?」

「うん、蔓」

「あれを使って、結界を作ったんだ。人数が相当いるし、生の体だから強度は十分だろうな。これで、私が許さないと、誰も館に入れない」

 ため息が出た。由羅の横顔は自信に溢れていて、目の前の光景と同じくらい美しかった。

 この世のものではないような絶景は、時間とともに消えた。結界が次第に透明になっていったのだ。

 幾多の半死の肉体で作った強固な結界に阻まれて、華煌の構成員は館に入れなかった。皮肉にも、「素材」で強度を上げる結界の作り方は、淵衰に仕込まれたものだった。体を使ったのは初めてだったが、要領は変わらない。自分の教え子が、自分の教えた術で組に反逆したと知ったら、淵衰はどんなに悔しがるかと胸がすいた。

 階を降りてみると、地上で騒いでいる奴らがひどくうるさかった。試しに金を投げてみたら、一度とてもうるさくなってから、少し静かになった。金が目当てで暴れたわけではないから、価値がありそうなものは見つけ出せる限りで引っ張り出して、二階からひたすら落とした。黙ってくれるなら安いものである。

「これだけ丁寧にやってるんだから、文句はつけないでもらいたいな」

 手当たり次第に室内と窓際とを往復する。どこを見ても華煌の構成員が館に群がっていて、まるで砂糖に集まる蟻のようだ。

 どれだけ投げ捨てたかもわからないくらいの頃。由羅が窓枠に手を突き、がくんと首をうなだれた。

「由羅!?」

「……限界」

 膝から崩れ落ち、床へ仰向けになった。構成員はまだ騒いでいるが、由羅が優先だ。

「由羅、死なないで」

「この程度じゃ死なない。でも、妖術、使いすぎた」

 荒く息をついて笑みを作る。捧と手のひらを重ねて、するりと指を添わせた。

「少しもらってくれ」

「オレにできることなら」

 由羅の言わんとしていることはすぐにわかった。上にかがみこみ、遠慮がちに唇を落とした。

「落ち着いた?」

「……うん、だいぶ」

「よかった」

 捧が気を緩めると名を呼ばれる。また前かがみになって、聞き取ろうと耳を寄せれば、これからどうしよう、と聞こえた。

「この後どうするか、決めてなかったんだ。……捧、何か案はあるか?」

 どきりとした。さっきまでは一心不乱で刀を振るっていただけで、元はといえば由羅に誘われたのが発端。何も考えていない、とは言いたくなくてついごまかした。

「読心術でわかってるでしょ」

「いや、わかってない。もう使ってないから」

 菫色の目に驚きの表情が浮かぶ。

「ずっと前から、捧には使ってないよ」

「え……そうだったんだ」

「捧は嘘をつかないと知ってるからな。だいたい、常に心を読んでたら、常に疑ってるみたいで嫌じゃないか」

 一理あるな、頷いたところで答えを促される。捧は観念して、正直になった。

「……何もない。したいこと」

「そうか、同じだな。……一緒に探してみるか?」

「どういうこと?」

「幸い、家はあるんだし」

 身を起こして、手のひらで床を叩く。

「私と来ないか? 今日と同じに」

 魅力的な提案だった。断る理由もなくて、すぐさま返した。

「うん、わかった」

 なら捧、と呼びかけて由羅が手を伸ばす。

「これからも、おまえに読心術は使わない」

「……うん」

「だから、全部言って。嫌なこともいいことも全部」

「……やって、みる」

 答えれば、由羅は嬉しそうに笑顔を見せた。

「ありがとう。よろしくな、捧」

 その夜は、適当な部屋に入って、大きな寝台で眠った。二人並んでもまだ余る大きさだった。これで中程度というのだから驚いた。上位の幹部や首魁は、もっといいものを使っているのだろうか。毎日硬い床に転がっていた捧からすれば、逆に落ち着かないくらいだった。

 高級な布団は、戦いで酷使した体を柔らかく包んでくれた。



 乗っ取った布団はそのまま二人の寝床になったし、部屋は今では寝室になっている。

 第三者には笑いものにされそうな強情さも、二人にとっては欠かせないもの。視界も足元も悪い雨の日を選ぶのは、悪い環境下で敵が弱るのを狙うのみならず、それが本当に特別なものだからだ。

 高く澄んだ星空よりも、低く垂れ込める曇天の方がずっといい。

 二人の解放は、雨とともにあった。

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