十三 亀裂

 由羅が寝室の中を覗いたとき、捧は寝台の中にはいなかった。

「起きたんだな。何か探してるのか?」

「……薬を」

「どれ?」

「妖力の」

 戸棚の前に立って、手には袋を持っている。それが薬を入れている袋ではなかったかと曖昧な記憶を思い返しながら、片手を差し出した。

「私が渡した方が早いだろう」

 ところが。由羅が詰めた距離の分だけ、捧も後ろへと足を動かした。

「いらない。もうオレは出ていくからさ」

「はぁ!?」

 青天の霹靂。

 由羅の前で、捧はとても落ち着いている。彼の口元に浮かんだ微笑みの真意は、計れない。

「捧、何を急に」

「オレなんかと一緒にいない方がいいもの。足手まといがいな『ければ由羅はやりたいようにやれるよね』

「……捧」

『何?』

「おまえ……変だぞ」

『どこが? オレは元々こうだよ、何も変じゃないよ』

「そんなわけ」

『違う? じゃあ、由羅が必要としてたオレは、違うんだね』

「……だから、そうじゃなくて」

『違うんだ。オレはいらないね、由羅の邪魔をしてるんだから』

「そういう意味じゃないって」

『いらない』

「違う!」

『なら、じゃあね』

「捧!」

 よく見慣れた金の火が、眼前でまぶしくひらめいた。反射的に目をつぶり、次に開けたときにはもう、炎の残像を通して見る部屋はもぬけの殻だった。

「姿眩まし……」

 呟きは絶望をたたえて、空の部屋に溶けていった。

 少し留守にしただけの、あの時間で何があったというのだ。

「なんで」

 答えはない。

 手に提げた荷物が、一気にずしりと重く感じた。

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