不退転
八 幽暗朔月
数日後。
〝死神〟の館に一振りの太刀が届けられた。「必要なものがあるなら言って。可能な範囲で、私が全部用意するから」と言った朱莉に、捧が頼んだものだ。
鋭利な色を宿す太刀は、今までに名刀と称される刀を何本も鍛冶してきた、高名な職人の手による逸品である。素材も贅沢をさせてもらっていて、切れ味が楽しみだった。他人の金で得るものには、やはり心が踊る。
朱莉が予告した通りの日付と時刻きっかり、夕暮れが夜に変わろうとする時分のことだった。善は急げと、〝死神〟は新しい武器の到着を出立の合図にしていた。
捧はさっそく太刀を腰に挿し、由羅は万が一のための薬を数種と、自分たちでまとめ直した朱莉からの幽暗の資料を携えて、敵陣へと向かう。
幽暗朔月の本拠地は、塔を中心に形成されている。
長い箱を縦にしたようなひとつの塔があり、周りを囲むように大小の建物がある。塔で生活しているのは頭領や幹部などの重役で、他の構成員の自室は位が低くなるほど塔の下層へ、周囲の建物へ……といったところだ。
はじめにあったのは塔だけだったという。何年もの間に幾度と持ち主を変え、その度に増改築を繰り返してきたため、幾分、その城は
贅沢を好む歴代の頭領が施した名残で、内装は贅を尽くしたものになっているという。また壮麗な外壁は全て漆塗りで、遠目にも鮮やかな赤がよく映える。
その赤色を目指し、二人は家々の屋根の上を駆ける。曲がりくねった道を通るよりも、最短距離で走っていく方が断然早い。いつも通り、由羅の姿眩ましは完璧で、通行人に姿を見られることはなかった。
塔に着き、入口を眺めてみる。塔を囲んで塀があり、一ヶ所に、細かい装飾が施された門が構えていた。警備員や番人の類は見当たらない。
「警備は妖術頼み。朱莉の言う通りだな」
なお門には鍵がかかっており、正面突破は叶わない。なので、由羅は小さく指を振り、姿眩ましをさらに強めてから、塀の上に飛び乗った。――威嚇するような警告音は、鳴らない。
「うっわぁ……こんな程度なんだ」
捧も塀に上がり、引き気味に声を上げた。多少は苦戦するかと思ったのだが、一周回って変な気分になってくる。ひとえに、由羅の妖術の出力が常識の
音を立てないようにして、塀の内側に降り立つ。白の玉砂利が敷き詰められ、多種多様の木が植えられた庭を抜けると、塔の入り口にたどり着いた。警備はまた妖術、同じように姿眩ましで通り抜ける。
弧を描いた輝かしい門の向こうには、赤を基調とした空間が広がっていた。一階から最上階までが吹き抜けになっており、屋根はガラス張り。空が遠く見えている。壁に沿うようにして回廊があり、その欄干も細工が美しく、目が覚めるような鮮やかな朱塗りだ。床は絨毯、柱に彫刻、各階の天井にも絵画が描かれ、絢爛豪華、という言葉が似合う建築であった。
夜の訪れとともに灯された火が、そこかしこの燭台で燃えている。明かりが窓の外の暗闇と対照をなして、幻想的な風景を作り出していた。
提灯を手にした構成員たちが、回廊を歩いたり、吹き抜けを飛んだりしている。皆、色彩鮮やかな衣を身にまとって、その様は目にまぶしい絵画のようだ。
眺める由羅の手を、捧がぎゅっと強く握り込んでくる。心を読まなくても、緊張しているのだとわかる。それもそのはず、幽暗朔月は華煌の――由羅と捧のかつての悪夢が、思い出したくもない過去が全て詰まっていた場所の、生まれ変わりだ。いくら姿眩ましがあっても、拭える不安ではないだろう。
捧の深呼吸が聞こえる。落ち着きたいとき、彼はいつも息を整えようとする。
「由羅」
「うん」
「いつでもいいよ」
「……それじゃ」
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