第二話

「あー、こいつら終わったな」


 あまりにも奥にいすぎる。生殖期と呼ばれる時期にそこまで行ったとなれば、全身、胞子まみれになっているだろう。

 出てきたところで除染する予定だとしても、それまでの間にキノコに寄生される可能性が高い。そして寄生されてしまえば、専門の医療機関でも駆除が間に合わない事だってあるし、駆除できなければ宿主は死ぬ。


「装備は判るか?」


 カメラは配信者が身に付けている事も多いので、配信者本人の装備はよく分からない事も多いのだが。


「素手ですね。足元はわりとしっかりした靴だけど、半袖のようです」

「人数は」

「少なくとも二人。あ、やべ」

「なんだ」

「キノコでバーベキューとか言って……あ、生で食った」


 繰り返すが、ダンジョンを作るキノコは魔物である。


 たいていのキノコは生で食うと腹を下すヤバいものだが、ダンジョン茸は一般にもっとヤバい。胞子が体に付いただけなら増殖速度もそう速くは無いが、体内の温度と湿度があれば、胃液なんか気にもせずに爆発的に増える。


 なかでもアウフェレは駆除しにくいやっかいものだ。宿主はなかなか死なず、寄生された状態でうろつき回って胞子をまき散らすことで知られている。

 宿主がなかなか死なないからこそ胞子が大量にまき散らされ、ダンジョンが増えるという寸法だ。ダンジョン茸を駆除したい政府としては、頭の痛い限りである。


「うそん」

「マジか」

「終わったな」

「生きて出てこれるのかそいつ」

「時間的には間に合うけどな、アウフェレだし」


 アンガラン第3階層第4空隙から入り口までの平均所要時間は、だいたい5時間。

 アウフェレが体内で増えた場合、宿主が死ぬまでに平均40時間ほどある。


「治療可能時間には間に合わねえな」


 アウフェレの駆除が可能なのは、胞子が体表に付いて寄生された場合が6時間ほど。胞子が付着してもすぐさま寄生されるわけではないから、皮膚に付いた程度であれば、今すぐに帰還を選べばあるいは、駆除可能だったかもしれない。

 しかし体内に入り込んだ場合だと、短いと30分で駆除不能なんて報告もある。長くても4時間を超えると、治療できなくなる。少量を吸い込んだだけでも大変なのに、生で食うなんてやらかした以上、つまり出てきた時にはもう手遅れという寸法だ。


「出てきたところで確保、隔離ですね」

「親兄弟には見せられねえなあ」


 隔離部屋も特殊素材でコーティングされた特別な場所になるし、もちろん専用の防護服なしで入る事も出来ない。

 死んだ後も、隔離部屋の内部のものは遺体も含めて丸ごと焼却だ。遺族に遺骨は返してやれるが、お別れの挨拶なんてものは許されていない。


「うわぁ、悲惨」

「キノコを生で食ったりしなきゃ、駆除できたかもしれねえのにな……」


 アウフェレの子実体は、たっぷり胞子が詰まっているタイプだ。一つ食べれば確実に寄生されて死ぬ。


「あ~、めっちゃ美味いとか言ってる……」

「アウフェレが珍重された理由なんだよなあ……」

「昔は高級食材だったんでしたっけ?」

「焼いて食うとうまい、て言われてたらしいぞ」


 もちろん被害も大きかったようであるが。


「アウフェレを生で食べるって習慣、ありましたっけ?」

「聞いた事ねえな。ただ、昔っから美食家気取りの金持ちが死んでるキノコだし、やった奴がいないとは限らんだろ」

「……あ、コメントついた。アウフェレだって教えてるぞ」


 食べてしまった以上、もうこの配信者は寄生されたものとして扱うしかない。


「慌ててんなあ」

「おせえよ」

「パニックし始めてる」

「戻る様子はあるか」

「すぐ病院に行けってコメントがわっさり流れてます」

「宿主確保の準備だ」


 ボナム主任が命令するのに、


「了解しました」


 そう全員が答え、それぞれが準備に立ち上がった。


──────────


 そして5時間半後にアンガラン・ダンジョン入り口で確保された配信者2名は、専用防護服を着た防疫部隊に確保されたのち、専門医療機関に搬送され。


 搬送の翌日、死亡した。

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ダンジョン探索は危険につき 中崎実 @M_Nakazaki

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