シンデレラ夢の跡

のいげる

シンデレラ夢の跡

 さあ。真実の愛の物語を始めよう。


1)起


 シンデレラの目の前に現れたのは少しばかりおかしなところがあるフェアリー・ゴッドマザーでした。

 それでもシンデレラの望みは聞いてくれて、その晩行われる王子さまが主催した舞踏会にシンデレラは出席することができました。

 カボチャの馬車をネズミが引いて、三々五々集まって来る貴族の車列の間に潜り込みました。魔法の力のせいか誰もそれがネズミだともカボチャだとも気づきません。

 美しく着飾ったシンデレラは舞踏会の会場で見事なダンスを披露してみせることができました。辛い家事の合間に一生懸命練習したステップです。それはまるで大輪の花が舞い踊っているかのような素晴らしいダンスでした。

 もちろん王子さまはその姿に一目惚れしました。これほど美しい女性に愛を感じない男はこの世には存在しないのだから当然と言えば当然です。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去ります。

 十二時を知らせる鐘が鳴り始めました。フェアリー・ゴッドマザーとの約束の時間。魔法が解ける時間です。王子さまの手を振り払ってシンデレラは走ります。

 お城の石造りの階段を、少しばかり足に合わないガラスの靴で駆け降りるのは、やはり無謀と言うものでした。

 シンデレラは足を滑らせて階段から落ち、頭から石畳に落ちたのです。流れ出た真っ赤な血が真っ白なドレスに花のように咲きます。

 それでもふらつく体を無理に支えてカボチャの馬車に這いずり入ると、ネズミたちはそのたくましい足で馬車を城から運びだしました。

 こうしてシンデレラは間一髪魔法が解ける前に王子さまの視界から消えることに成功したのです。


 これがこの国の悲劇の始まりでした。



2)承


 シンデレラのことを忘れることができなかった王子さまは、三日しか経っていないのにもう次の舞踏会を開きました。

 じりじりと恋焦がれる胸の中の炎を無理に押さえつけ、獲物を待ち構える蜘蛛のようにシンデレラが現れるのをじっと待ちます。


 日が暮れるとお城の大広間は無数の蝋燭により照らし出されます。その中いっぱいに着飾った女たちが溢れます。宮廷楽団が奏でる音楽を背景にして、今夜こそは王子の心を掴もうと、貴族の女たちが精いっぱいの微笑みを投げかけているのです。

 壁に設えたテーブルの上にはご馳走の山が並べられています。そこでは貴族たちがはらはらした顔で自分の娘たちを見ています。見事王子の心を射止めれば今よりももっと大きな権力が手に入るのです。期待するなという方が無理でしょう。


 やがて王子が大広間を見下ろすテラスに姿を現すと、人の海の間に大きなうねりが生じました。誰もが王子の傍に一歩でも余分に近づこうと無意識に動いているのです。

 そしてそれに呼応するかのように、ちょうど大広間の反対側にシンデレラが登場しました。

 真っ白なドレスでその純潔さを誇り、頭につけた青の花飾りがその気位の高さを示しています。軽やかなステップは彼女が疑問の余地もなくこの場の主人であることを周囲に宣言しています。王子さまの瞳に浮かんだ歓喜の色がそれを裏付けています。

 それを見て娘たちの心を絶望が支配します。このどこの誰とも知れぬ美の化身たるシンデレラにはどうやっても敵わないと本能で察知しているのです。

 二人の間に言葉は必要ありませんでした。王子とシンデレラは互いの手を取り、まるで生まれたときから踊り続けてきたかのように一瞬の遅滞もなくステップを踏みます。

 シンデレラの白のドレスが広がり風に遊びます。王子さまの金の舞踏服の飾りが揺れて煌めきます。

 それは白と金の二つの大輪の花がお互いの周囲を回っているかのようでした。

 今日のシンデレラは少しばかり化粧が濃いようでしたが、王子はそんなことは気にしません。その視線はひたすらに彼女の瞳の中に注がれているからです。

 わずかに窪んだシンデレラの頬はその美に刻み付けられた一点の毀損でしたが、誰もそれには気づきません。一分が陰っていたとしても、満月は満月。夜の女王であることには変わりがありません。愛の輝きがその他のすべてを圧しているのです。

 二つの恋の炎は燃え上がり、やがて一つの大きな炎へと合体しました。

 そのとき12時を報せる鐘の音が鳴り響きました。

 それはまるで天使が鐘を鳴らし、祝福を与えているかのようです。しかしそれは残酷にも別離の合図なのです。

 鐘が次の音を放つ前に無限の絶望を後に残して、シンデレラは走りだしました。早く帰らねば魔法が解けてしまう。そんなことになれば、シンデレラは動けなくなってしまいます。

 訳も分からず慌てた王子がシンデレラの後を追います。

 今回のシンデレラは階段で足を滑らすこともなく、それを最後の段まで降りきりました。そしてカボチャの馬車の中に消えて、その場を去りました。


 引き裂かれれば引き裂かれるほど、恋の炎はより大きく燃え上がります。

 今度こそ。そう決心した王子さまはまたもや舞踏会を開くと宣言しました。

 お城の外には兵を配置し万が一にもシンデレラが逃げられないようにするつもりです。王家に伝わる最も大きな宝石を使って指輪を作らせました。もちろんプロポーズのためのものです。

 準備が整うと、王子さまは王族だけが足を踏み入れることを許される秘密の中庭に出て大声で呼ばわりました。

「フェアリー・ゴッドマザー。フェアリー・ゴッドマザー。王家にだけ許された契約の文言をもって貴女を呼ぶ。どうか私の前に現れいでよ」

 世界中から秘密の中庭に光が注ぐように見えました。次の瞬間、そこにはあのちょっと頭がおかしいフェアリー・ゴッドマザーが体に似合わぬ小さな羽を震わしながら、空中に浮いていました。


 おっと、彼女がちょっと頭がおかしいことは秘密ですよ。妖精界も人手不足が深刻なのです。フェアリー評議会は去年から、強大な魔力さえ持っているならば出自や多少の精神的な問題は見過ごすことにしたのです。


 王子さまは叫びました。

「おお、フェアリー・ゴッドマザー。どうか我が願いをお聞き届けください。私はシンデレラが欲しいのです」

「そのような下世話な願いを私に聞かせてはいけません。私は清廉潔白な妖精の母なのですよ」

 フェアリー・ゴッドマザーに睨まれて、王子さまは慌てて弁明しました。

「そういう意味ではありません。私はシンデレラと結婚し、永遠の愛を育みたいのです。温かい家庭を築き、多くの王子王女に囲まれて幸せに生きたいのです」

「その望みを叶えるには今では少し難がありますね。いくつかの望みは捨てる必要があります。あなたが一番望んでいるのはいったいどれ? 愛? 家庭? 子供たち?」

「愛です」王子はためらわずに答えました。

「それなら手に入るでしょう」

 この回答を聞いて王子の顔に満面の笑みが浮かびました。

 王子は大きな宝石がついた指輪をフェアリー・ゴッドマザーに差し出します。それを見てフェアリー・ゴッドマザーの顔に赤みが浮かびました。

「あら、あたしにプロポーズ? いいわよ。受けてあげる」

「そうじゃありません」王子が慌てて指輪を背後に隠す。

「この指輪に魔法をかけて欲しいのです。シンデレラがこれを嵌めたときに私たちの間に永遠の愛が生まれるように」

 またもやフェアリー・ゴッドマザーの眉が険しくなりました。

「真の愛とは魔法で作るものではありません」

「違うのです。ただ私は断られるのが怖くて。今はどんな魔法に縋ってでもシンデレラの愛が欲しい」

 フェアリー・ゴッドマザーの厳しい顔が少しだけ緩みました。

「わかりました。では指輪が嵌った瞬間に、そこにあった愛が強化され、決して壊れないようにする魔法をかけてあげましょう」


 フェアリー・ゴッドマザーが消えた後には、希望に満ちた王子さまが一人残されていました。



3)幕間


 暗くて狭い空間の中でシンデレラは泣いていました。その目の前に小さなフェアリー・ゴッドマザーが光を発しながら浮かんでいます。

「妖精のご母堂さま。アタシ、王子さまを愛しているの」

 シンデレラはようやくそれだけを言いました。

「素敵なセリフね。真実の愛こそこの世で一番尊いものよ」

 フェアリー・ゴッドマザーは優しい声音でシンデレラに答えました。

「心配しないで。王子さまも貴方を愛しているわ」

「だから辛いのよ」シンデレラはより一層激しく泣き出しました。

「こんなアタシが彼の愛を受ける資格なんかあるわけがないわ」

「何を言っているのです。真実の愛の前に身分など何の関係があるのです」

 フェアリー・ゴッドマザーは力強く励ましました。

「私もありったけの魔法で貴方たちを応援するわ。だから未来を信じて貴女の愛を王子さまに捧げるのです」

「でもアタシ」

 そう呟くシンデレラの唇をフェアリー・ゴッドマザーの指がそっと押さえました。

「デモデモはもう無しよ。すべては私に任せて、貴女は愛を貫く事だけを考えなさい」

 フェアリー・ゴッドマザーの周りの光が消えた。暗闇がシンデレラを包む。

「おやすみなさい。シンデレラ。良い夢を見なさい。明日はその夢が現実になるから」

「でもアタシ眠れないの」

「そんなことはないわ。ほら、隣の人もその隣の人も、みんな安らかに眠っているでしょ。貴女にもできるはずよ」

 フェアリー・ゴッドマザーの優しいキスを額に感じながら、魔法が切れたシンデレラは自分の意識が遠のくのを感じました。



4)転


 ついにその日がやってきました。

 今回の舞踏会は今までにないほどの規模のもので、隣国の大使たちも呼ばれています。今夜こそ王子の婚約者が決まるという噂が密かに流れています。


 皆の興味は今回もあの謎の美女であるシンデレラが現れるかどうかです。

 音楽が始まり、今夜こそは王子さまに近づけるだろうと貴族の娘たちは一縷の望みを持ちました。何かの事故でシンデレラはこないかもしれないと。ですがその期待を裏切って、やっぱりシンデレラは大広間の入口に現れました。

 絶望の呻きを上げながら娘たちが崩れ落ちます。こうなればもう彼女たちに希望はありません。その苦しみの海の中をシンデレラが優雅な足取りで進みます。それに呼応するかのように王子さまもまた大広間の中央へと進み出ます。


「何よ。あんなに厚化粧なんかして」貴族娘の一人が悪態をつきます。「それに香水が強すぎるわ」

 確かに貴族娘の言う通りでしたが。それにはまだ明かすことができない理由がありました。


 二人の伸ばした指先が触れ合い、まるで最初から一つであったかのように円舞が始まりました。純白のドレスと金の舞踏服の裾が絡み合い、二つの輝く星は一瞬も留まることなくお互いの周囲を巡ります。二人の視線は絡み合い、睦み合い、お互いの姿しか捉えていません。

 周囲はいつの間にか星空へと変わり、光輝く無数の存在が二人を祝福しています。フェアリー・ゴッドマザーの魔法が惜しみなく使われ、ムードを盛り上げます。

 ついにその時が来たと知り、王子さまは踊りを止めて、シンデレラの前に跪きました。差し出した手の平の上にはあの魔法の指輪が光っています。

「ああ、素晴らしくも美しいシンデレラ。私の妻になってください」

 ついにその言葉が放たれのです。


 シンデレラは何も答えませんでした。震える指で王子が差し出す指輪を取り上げると、自分の左手の指に嵌めました。指輪の宝石が一際輝きを増します。

 その瞬間、深い深い真実の愛は、強い強い魔法の力により、永遠に固定されました。どのような衝撃ももはやこの愛を砕くことはできません。

 ですがシンデレラは再び震える指で指輪を抜き取ると、唖然としている王子さまの手の中に押しつけました。

「どうして!」王子さまは悲痛な叫びをあげました。

「私は貴方の妻にはなれません」

「そんなことはない」

 今こそ秘密を打ち明けるときです。シンデレラは悲しい声で秘密を打ち明けました。

「私はもうすでに死んでいるのです。あの最初の舞踏会の日、階段で落ちたときに頭を打ったことが原因で、朝になる前に死んでしまったのです」

 それを最後の言葉にしてシンデレラは未練を断ち切るかのように王子さまから見を引きました。

 12時の鐘が鳴り始めました。

 魔法が解ける刻限です。早く墓の中に戻らねば、シンデレラはただの死体に戻ってしまいます。

 もちろん真実の愛に目覚めた王子さまは後を追ってきましたが、結局シンデレラには追い付けず、とうとう見失ってしまいました。

 シンデレラを止めるべくお城の周りに配置していた兵は魔法によりことごとく眠りに落ちていました。


 王子さまがただ一つ見つけ出せたのは慌てた彼女が落として行ったガラスの靴の片方だけでした。



5)歪


 王国中にお触れが出されました。

 ここ二週間の間に死んだすべての妙齢の女性の死体をお城に運べと。

 臣民は王子さまが狂ったのではないかと噂しましたが、運び込んだ者に払われる報奨金の額を見た時点で王子さまの本気を知り、喜んで命令に従いました。

 それでも王国中から集まった棺桶の数は多くはありません。せいぜいが三百基というところです。死んでから二週間なので相当臭いましたがそれでも夏ではないのでまだ嘔吐せずに済む範囲でした。

 王宮中に死臭が満ちる中、真実の愛に燃える王子さまは目に入る諸々のものをすべて無視して、ただひたすらに運ばれてきた死体の足にガラスの靴を嵌めていきました。ところがどの足もガラスの靴には合いません。大きすぎるか小さすぎるか太すぎるか細すぎるか、あるいは形が合わないか。そのどれかでした。

 とうとう集まったすべての死体を確かめ終えてしまいました。ですがシンデレラの死体は見つかりません。

「ああ、なんということだ。彼女はどこにもいない。私の愛を抱えたまま私の前から永遠に消えてしまった」

 王子さまは嘆きました。頭を掻きむしり、叫び、壁を打ち付け、不運な奴隷の背中を鞭で打ちました。それから秘密の裏庭に赴き、フェアリー・ゴッドマザーを呼び出しました。

「フェアリー・ゴッドマザー。フェアリー・ゴッドマザー。王家にだけ許された契約の文言をもって貴女を呼ぶ。どうか私の前に現れいでよ」

 光と共にフェアリー・ゴッドマザーが出現しました。彼女が出現時に光を纏うのは、自分の影を見られたくないからです。なぜなら影は彼女の本当の出自を現す恐れがあるからです。

 もちろん王子さまはそこまで注意深くはありません。

「ああ、フェアリー・ゴッドマザー。どうか私の願いをお聞き届けください。私はシンデレラの居場所が知りたいのです」

 それを聞いてフェアリー・ゴッドマザーの顔が険しくなりました。

「私としても真実の愛が見たいのは本当です。でも王子よ。シンデレラはすでに死んでいるのですよ。貴方は死人を妻に迎えるつもりなのですか?」

「たとえ彼女が死人であろうが、私の愛は変わりません」

 イケメンで王国の星であり世間知らずでナイスガイの鑑である魔法にかかった王子さまはきっぱりと答えました。

「その結果、貴方は王国を失うことになるのかもしれませんよ」

 フェアリー・ゴッドマザーは指摘しました。魔法というものはかならず代償を必要とするものだからです。

「構いません。私の持てるものならすべてを差し出します」

 王子さまは断言しました。愚かにも。

 フェアリー・ゴッドマザーは一枚の紙を王子さまに渡しました。それにはシンデレラが眠る棺桶が埋められている場所が書かれています。

「彼女はここに眠っています。私の魔法の守護の下で。

 もちろん彼女を完全に生き返らせることができるのは神さまその御方しかいませんが、私でも彼女を完全な死から遠ざけることぐらいはできるのです」

 この言葉を聞いて王子さまの顔がぱあっと明るくなりました。


 再びシンデレラに会えるのです。これ以上の素晴らしい希望があるでしょうか?



6)結


 王子さまは教えられた場所へと馬を飛ばしました。あまりにも急いだので、お付きの騎士たちが置いてけぼりにされるほどです。途中で王子さまの馬の前方を迂闊にも横切ったシンデレラの意地悪な姉二人を跳ね飛ばして殺し、何事かと出てきた継母の顔面に見事な馬の蹴りを入れてしまいましたが、それも気にしません。

 どのみちこの三人の意地悪なシンデレラの家族は生きていてもこの後に悲惨な拷問による死が待っているだけですから、ここで退場した方がよいのです。罪状は王子さまのお触れを無視してシンデレラの遺体を差し出さなかった罪です。


 ついに王子さまは目的の場所を見つけました。それはシンデレラが住んでいた家の裏手の寂しげな丘でした。ようやく追いついて来たお付きの騎士の手を借りて、王子さまはシンデレラが眠る棺を掘り起こしました。

 まだ彼女の体はそれほど腐っていません。むき出しにした真っ白で美しい足に大事に抱えてきたガラスの靴を嵌めると、それはピッタリと吸い付いたように嵌りました。

「ああ、確かに彼女に間違いない」

 王子さまは彼女をその棺ごと、お城に持ち帰りました。


 謁見室に棺を運び込むと、そこにいた王さまと王妃さまがこの事態に慌てました。

 王さまが言いました。

「王子よ。それはいったい何だ。このころの其方の行いは何か常軌を逸しておるぞ」

「父上、母上。ご安心ください。私はついに真実の愛を見つけたのです」

 そう言い返すと、王子さまは棺桶の中からシンデレラの遺体を引きずりだしました。死臭が一際強くなります。シンデレラのだらんとした腕が死衣からはみ出ます。

 堪らず王さまは絶叫しました。

「バカな。王子よ。それは死体ではないか!」

 王子はシンデレラの左手を手に取りました。すでにその手には小さな死斑が現れ始めています。

「大丈夫です。フェアリー・ゴッドマザーが保証してくれました。この指輪をもう一度嵌めた時、魔法が働き、彼女は死の世界から引き戻されると」

 それ以上の言葉は待たずに、王子さまは魔法の指輪をシンデレラの左手の指に嵌めました。そこについた大きな宝石がぎらりとします。

 シンデレラの姿がわずかに輝きました。予め仕掛けられていた魔法が目覚め、働きます。彼女の死んだ体に新しい力が吹き込まれたのです。


 奇跡が始まりました。

 まずシンデレラの左手が上がり、そして続く右手が王子さまの首にかかります。その瞼が開き、キラキラと愛に輝く瞳が王子の顔を見つめました。

 その唇が開くと熱情と共に言葉が漏れます。

「ああ、愛しい王子さま」

「シンデレラ。奇跡が起きた。今や私たちの愛は永遠だ」

「キスしてくださいませ」

 少し腐臭がする甘い吐息とともにシンデレラが言う。王子さまの唇がシンデレラのそれにそっと重なる。

「骨になるまで君を愛するよ。シンデレラ」

「いいえ、骨になっても愛し続けてください。愛しい王子さま」

 二人は静かに額をくっつけあいました。しばらくそうした後で、シンデレラは大きく口を開けると目の前の王子の首筋を食いちぎりました。

 こうして婚礼の支度は整ったのです。



 王宮を中心に始まったその騒ぎは、瞬く間に城下の街へと広がり、やがて王国のすべてが同様の有様となりました。国境は他国の軍隊により封鎖され、誰ひとり、王国から出ることは許されませんでした。

 それほど長くはかからなかったと覚えています。

 ほどなく騒ぎは鎮静し、王国は以前のように静かな日常を取り戻したのです。


 半分腐ったゾンビの花嫁は半分腐ったゾンビの王子さまと抱き合い、半分腐った廷臣たちや国民たちに腐肉でお祝いをされました。婚礼の席では骨と腐った卵が花びら代わりに投げられ、誤って王国に足を踏み入れてしまった不運な旅人たちが祝いの宴のご馳走とされました。

 もはや腐敗の王国に近づく者はおらず、王国は永遠の安寧にその身をゆだねることになりました。


 そうしてフェアリー・ゴッドマザーの祝福の下に、愛し合う二人は共に末永く半分腐った幸せなゾンビ人生を送りました。

 妖精界の言い伝えによるとそこには今でも真実の愛の炎が静かに燃えているそうです。

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