第17話 形勢逆転

「前回自己紹介できず申し訳ありません。私、本日のお茶会の主催者であるソニアと申します。そしてこちらが――」

 私が手の平で隣のお義理母様をさせば、お義理母様はかつらを取った。

 そしてまとめていた髪をほどき、手で軽く整えると、真っ直ぐ側妃様達を射貫く。


 あまりの強いお義理母様の視線に、側妃様達はぎゅっと三人身を寄せてしまう。


「私の顔、まだ思い出せないかしら? ねぇ、セイフ、ネラル、フェズリー。こうして会話するのは、貴方達の結婚式以来よね」

「「「!?」」」

 絶句。その文字以外、側妃様達の様子を表せる文字が頭に浮かばない。


 だんだんと状況が理解できたのか、側妃様達はさーっと顔色を変え、ガタガタと体を震えだし始めた。

 生まれたての子鹿ですか? というくらいに足もガクガク。


「あら? どうしたの? さっきまであんなにおしゃべりしていたのに、今はすごく静かね。おしゃべりをしましょうよ。ねぇ?」

 お義理母様が「ふふっ」と笑いながら側妃様達に近づいていくけど、怖いだろうなぁ。


 ――形勢逆転。


 実はさっきまで底辺の洗濯係呼びしていた相手は、公爵夫人。

 しかも、王太子殿下の叔母であり、絶対零度の雪豹。

 この状況で、側妃様達のいつもの威勢が戻るわけがない。


「側妃様達。考えを改めて下さい。私達、城で働く者達にも王宮の噂は聞こえて来ます。王太子殿下の格を下げる行為ですよ。王太子殿下妃と仲良くしろとはいいません。ただ、大人としての付き合いをして下さい」

私が震えている側妃様達の前に立ちそう言ったんだけど、三人はお互い抱き合って泣き出してしまっているので聞こえていないのかも。


(お義理母様が怖すぎたんだろうなぁ……まず王太子妃殿下と話をしようかな)


 私は側妃様達の事はお義理母様にお任せして王太子妃殿下のもとに向かう。

 王太子妃殿下は未だに状況が理解できていないらしく、「あ、あの……」と言いながら視線をきょろきょろと彷徨わせている。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私、ルヴァン様の妻・ソニアと申します。ルヴァン様と王太子殿下はいとこ同士ということなので、私とも仲良くしていただければ嬉しいです」

「こ、こっ、こちらこそご挨拶が遅れて……まさか、洗濯係として働いていらっしゃるとは存じ上げず……」

「結婚を機に辞めたんですけど、諸事情で再度働くことになったんです」

「夫人もですか?」

「お義理母様はちょっと別件で……」

 まさか、ネタのために潜入していましたとはいえない。

 私はちらっとお義理母様の方を見れば、お説教タイムが始まっていた。

 あっ、淑女足るもの~って初日から聞いたなぁ。


「もし、王宮で何かあったら、声をかけて下さい。週五で働いていますので」

 ちなみにお義理母様も洗濯係として働いている。

 職場体験だから1日で終わりだと思ったのに、「人手不足なの。短時間でもいいからお願いっ!」と洗濯係の人達に頼まれて引き受けたらしい。

 公爵家の仕事もあるから、当面は週2回の短時間勤務だけど……

 本人も意外と楽しんでいるようで、休憩時間とかほかの洗濯係と楽しそうにしゃべっている。


「あの、お節介かもしれませんが、王太子殿下にちゃんと今までの事をお伝えした方がいいですよ。王太子殿下も心配していました」

「殿下が……」

 王太子妃殿下は目に涙を浮かべる。


(複雑な気持ちだよね。好きな人が自分の事を心配してくれるのは嬉しい。でも、心配かけたくない)


「どちらにせよ心配をかけるなら、ちゃんと事情を話した方がいいです」

 私がそう言うと、王太子妃殿下が小さく頷き、両手で顔を覆った。

 声を詰まらせて泣く彼女の背中を優しくさする。


 きっと王太子妃殿下から話を聞いた王太子殿下が動き、王宮内で話し合いが行われるだろう。

 ……いや、その必要はなくなるか。側妃様達、お義理母様にお説教食らって反省するだろうし。


 私はお義理母様の方を見ながら唇を開き、声をかけた。


「ねぇ、お義理母様。そろそろお茶会を始めませんか? メイド達が準備をしてくれていますので」

「そうね。さぁ、あなた達。さっさと席につきなさい。お茶でも飲みながらお話しましょう。安心なさい。時間はたっぷりあるわ。そう、たっぷりね」

事実上の地獄のお茶会の開催宣言。

その宣言とおり、お茶会の時間たっぷり使ってお義理母様のお説教が行われた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る