第10話 王太子妃殿下と側妃達
「どうやらおでましのようですね」
彼女達は王太子殿下の側妃様達。セイフ様、ネラル様、フェズリー様だ。
正妃のリリィ様が嫁いで来られる前までは、この三人が空いていた正妃の座を巡ってバトルを繰り広げていたと聞いている。
きっと、正妃のリリィ様を追い出すために三人で組んだんだろう。
……まぁ、ありがちな話だ。けど、三対一は卑怯だと思う。
「あなたたちの仕業なの? 淑女たるもの、このような嫌がらせをするなんて! 王太子の妻としての品がないわ」
お義理母様が側妃達の前に仁王立ちになり、怒りをにじませながら言う。
だが、相手には全く響かず。
反省するどころか、むしろ吹き出して笑われ出してしまう。
「なに、この洗濯係。淑女たるものですって」
「洗濯係のくせにうっとおしい。私たちのせいにして証拠でもあるの? 悲鳴を聞いて助けに来てあげたのに」
「失礼よね。洗濯係なんて底辺の仕事しているくせに、私たちのような高貴な身分に口をきくなんて。あっ、もしかして、現実逃避がてらに貴族ごっこでもしているの? かわいそう~」
いや、あの三人ともやめて。
この人、やんごとなき血筋の人なので。
(……というか、お義理母様。大丈夫だろうか? 底辺なんて言われたことないだろうし)
ちらりと様子を見れば、お義理母様は岩のように固まってしまっている。
てっきりブチキレて大声で怒鳴ると思ったけど、衝撃度が高かったみたい。
(言われたことないよね、身分がかなり高い方だし、ハイスペだから)
それよりも、今はこっちの事件の方が先。
この側妃様達が犯人だと思うけど、確証が欲しい。
さて、犯人あぶり出すためにかまかけてみますか? と、私は唇を開いた。
「あーあ。犯人がかわいそうですね。きっと今頃……あぁ、恐ろしい」
頬に両手を当てて大げさに言えば、側妃様達がぴくりと肩を動かす。
おっ、さっそく食いついてくれた! 単純で良かった。
「なぜ、犯人がかわいそうなの?」
不安げに瞳を揺らしながら、側妃・セイフ様が聞いてきたので、私は眉を下げて手元にある袋を見つめた。
「実は王妃様の部屋にいた蛇、猛毒なんです」
「ラダラじゃないの?」
「いえ、似ているけど別の蛇なんです。すごく猛毒なんですよ。触れたら数時間後に皮膚がただれてしまう蛇なんです。ですから、犯人の手が爛れてしまうのでかわいそうだなぁと。洗っても駄目なんです。私は袋で捕獲しました」
毒蛇は毒蛇だけど、噛まれなければ問題ない。
ただ、かまかけたくてそう嘘ついただけだ。
「な、なんですって!?」
側妃様達の後方にいた一人の侍女が青ざめた顔で手を見た。
あの侍女ってセイフ様の侍女だったはず。
……ということは、実行者は彼女か。
個人的というよりは、命令されてだろうなぁ。
「姫様! どうしましょう。私の手が……」
「ちょっと、黙りなさいよ!」
「そんな! 姫様に命令されたんですよ!? 私の手が!」
「私のせいじゃないわ。ネラル様が言ったのよ。今度は蛇がいいって」
「私だけじゃないわ。フェズリー様も言っていたもの!」
「だれも毒蛇を捕まえてこいなんて言っていないわ。そもそも毒蛇か普通の蛇かが区別がつかない奴が悪い」
側妃の三人が言い争いをし出したので、やっぱりこの方達が主犯なんだろう。
まさか、こんな風に王宮泥沼に巻き込まれるとは思ってもいなかった。
「……嘘ですよ。手は爛れません」
「だましたのね!」
「完全な嘘ではありませんよ。だって、ラダラではなくジダ蛇なので。噛まれれば猛毒です。病院で血清打って貰わなきゃいけません」
私がそう言うと、侍女がほっと息を吐き出した。
安心していますけど、ほんとに毒蛇だったので気をつけて。
「ネラル様達。猛毒の蛇を使って嫌がらせするのは、いかがなものでしょうか? 一歩間違えれば、噛まれて死んでいたかもしれないんですよ?」
「ただの洗濯係が私たちにお説教?」
「洗濯係のくせに」
側妃達が口々に私に向かって言えば、今まで黙っていたお義理母様が「貴方達!!」と怒りの声を上げる。
「私達を誰だと思っているの? 私達は公――」
「ラベンダーさん!!」
私がお義理母様の肩を叩けば、やっと我に返ったらしい。
ここで自ら正体を暴露するには問題がある。そうわかったらしく、お義理母様はすぐに口を結んだ。
どうやら、私がルヴァン様と結婚したことは、側妃様達には知られていないらしい。
もしかしたら、ルヴァン様が結婚したことは知っているかもしれないけど、相手が私だということはわからないのかも。
幸いなことに……
「なによ?」
「なんでもありません。もうこのようなことは辞めて下さい」
「まさか、殿下に告げ口するの? 無理よ。無理。あんた達洗濯係なんて信じるわけがないわ。ねぇ?」
フェズリー様がクスクス笑いながら、隣にいるネラル様達の方を見れば、皆が大きく頷く。
「あーあ。なんか、しらけちゃったわ。底辺と話していると頭弱くなりそう。ねぇ、ネラル様達。気分転換に中庭でお茶でもしましょう」
「えぇ、そうね」
側妃様達は頷くと、私達に「ごきげんよう」と言い残して去っていった。
パタンと閉まった扉を見届けると、お義理母様が地団駄を踏んだ。
「な、なんなのあの小娘たちは!? 私に向かって! 言語道断。しかも、洗濯係を底辺呼ばわり。どれだけ重労働かわかっているの!? 洗っても洗っても終わらないループなのよ!」
「ラベンダーさん。半泣きになりながら仕事していましたもんね」
「もう二度とあの小娘たちのシーツは一切洗わないわ。汚いシーツで寝なさい。洗濯係がいなかったら、清潔に過ごせないのよ! 誰のお陰でお日様の匂いがするふとんやシーツで眠れると思っているわけ!」
「これで王宮の泥沼が書けますね」
「えぇ。実体験したから。今すぐ書けるわ! 見てろ、小娘ども」
お義理母様、口調と言いたくなった。
口癖の淑女たるもの~は、一体どこに消えたのだろうか。
「でも、その前に――」
私はそう言うと、すみっこで震えている王太子妃殿下の方を見た。
彼女は瞳には涙をにじませ、恐怖のためか、奥歯同士をぶつけているらしく、カタカタという音を鳴らしている。
(こわいよね。だって、猛毒だし。それに、今日が初めてでもなさそうだから、今まで溜まっていた不安もあるだろう。事情を聞きたいんだけど、言葉わかるかな?)
「あのー。事情を伺いたいんですけど、私が話している言葉わかりますか? わからなかったら、通訳の方を介しますので」
私がお義理母様の背を軽く押せば、彼女は「ソニアさん!?」と裏返った声を上げてしまう。
「わ、私が通訳するの!?」
「当然です。だって、私は話せないんですから。ほら、紫の叡智姫」
私がぐいぐいとお義理母様の背中を押していると、「あ、あの……」と、王太子妃殿下がゆっくり手を挙げた。
「大丈夫です。言葉がゆっくりでしたら、問題ありません……」
弱々しくゆったりとした口調だけれども、ちゃんと聞き取れる。
しかし、顔もかわいいが、声もかわいい。想像する美少女の声のままだ。
「助けていただき、ありがとうございます」
「いえ。それより、王太子殿下に言った方がいいと思いますよ?」
私がそう言うと、王太子妃殿下がぎゅっと自分の手を握りしめる。
瞳を不安げに揺らしながら、首を大きく横に振った。
言えないのか。
まぁ、なんとなくだけど気持ちわかる。
「なぜ言わないの!? あの子はちゃんと解決してくれるわ」
急に何かのスイッチが入ったのか、お義理母様は眉をつり上げて早口でまくしたてた。
こんなに早くしゃべられると、王太子妃殿下は聞き取れませんってば。
「王太子妃殿下は王太子殿下の事をお慕いしているんですね。だから言えない」
私の言葉に王太子妃殿下は頷くと両手で顔を覆った。
嗚咽混じりの言葉にならない声が聞こえたので、私は心が痛む。
(きっと、怖いんだろうなぁ。こんなことを自分で解決できないなんて悔しいし。殿下に呆れられてしまうかも。そう思っちゃうんだろう。でも、さすがにこのまま見過ごすわけにはいかないよ)
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