第9話 王宮で緊急事態

 洗濯係の仕事は城内だけではなく、王宮や騎士の寄宿舎など多岐に渡る。

 なので、王宮に行くチャンスはいっぱい!

 さっそくそのチャンスが巡って来たので、私とお義理母様は洗濯物の回収をするために、麻製の袋を手に王太子殿下と王太子妃殿下、側妃様達が暮らす王宮にやって来た。


 王宮警備の騎士に身分証明書を提示し、綺麗に磨き上げられた廊下を突き進んで行く。

 窓からは燦々とした太陽の光が室内に入り、絶好の洗濯日和だ。


 ちょっとぽかぽかするから、眠くなりそう。

 お昼ご飯後だから余計にそう思うのかも。


――さて、王宮泥沼の空気体験できるかしら? 殿下の寵愛を受けるために側妃達のバトルが繰り広げられているって噂があるけど、どうなのかしら? 私、王太子殿下の居住エリアって初なのよね。いつも王女様や国王陛下の方ばかりだったから。


「お義理母様……じゃなかった。ラベンダーさん。泥沼体験できるといいですね……って、ラベンダーさん。大丈夫ですか? 顔が真っ青ですけど?」

 隣を歩くお義理母様を見れば、顔だけではなく唇まで真っ青。

 もしかして、体調が悪いのだろうか。


「ソニアさん、やっぱり私には無理よ! 王宮潜入なんて!」

「もう潜入していますよ。それに、無許可じゃなくて許可得ているので問題ないですって」

「弟と甥にバレたら大騒ぎになるわ」

「大丈夫です。陛下は王太子殿下の居住エリアである西側にはあまり来ません。それに陛下も殿下も今は執務中ですので」

「本当ね!?」

「本当ですよ。しかし、今日はなんだか静かですね。いつもはもっとピリピリしている空気なんですけど。侍女達同士でいざこざとか。困りましたね。何も得られないまま終わりそう……さっきお義理母様が言っていた怪盗とか来ませんかね? そうしたら、ラベンダーさんの創作力が増すのに」

「そんなにやすやすと騒動起こったら、騎士団が大忙しに――」

「きゃぁぁ!」

 お義理母様の声をかき消すかのように、突如廊下まで響いてきたのは絹を切り裂いたような女性の悲鳴だった。

 それには私もお義理母様も立ち止まって顔を見合わせてしまう。


(なにごと? まさか、本当に怪盗でも出たのだろうか)


 怪盗なら、ちょうどいい。亡国姫と怪盗の戦いも読んでみたい!

 これはネタになる!!


「ラベンダーさん。いきましょう! ネタになるかもしれません」

「えっ、ソニアさん!?」

 私は戸惑うお義理母様の手をつかんで駆け出す。

 洗濯係という大義名分を手に入れ潜入できたのだから、ネタを仕入れたい。



(悲鳴が聞こえたのは、たしかこの辺りよね?)


 豪華な彫刻が施された部屋の前で足をとめ、私は扉に耳をくっつける。

 人の叫ぶような声が聞こえるけど、はっきりとは聞き取れない。


(くっ、扉が分厚すぎる! 実家の扉の二倍はありそう)


 いったい、何があったのだろうか。

 気になる……もし、事件ならルヴァン様を呼んで来なければならないし。


 私はそっとドアノブに手を伸ばせば、すかさずお義理母様が止めに入った。


「ノックもせずに入るなんて何事ですか!? 淑女たるものマナーを守らなければなりません」

「非常事態ですよ。ノックしている余裕なんてないですって。それに中に強盗でもいたらノックしたら駄目ですよ。こっそり覗いて確認しましょう」

「たしかに……」

「あけますよ」

 私が扉を少しだけ開けて中を覗き込めば、部屋の片隅に固まっている美女と侍女たちの姿が。

 彼女たちの足下には腐った果物や切り裂かれたドレスが散らばっている。


 部屋にいたのは、彼女たちだけじゃない。

 赤と黒の縞々模様の蛇の姿が……


「あれは、ラダラ蛇ね」

 断言したお義理母様の言葉に対して、私は首を横に振った。


「違いますよ。あれジダ蛇です。よく見た目で間違われますが、動きがちょっと違いますし色も少し違います」

「ジダ蛇っていったら、猛毒じゃない!」

「そうですね。噛まれたら病院で血清打つしかありません」

「こ、国立研究所から蛇の専門家を呼んで来ましょう!」

「そんな暇ありませんよ。ラベンダーさん、その袋を貸して下さい」

「え?」

「早く」

「え、えぇ。どうぞ」

 不安そうな表情をしたお義理様から袋を受け取ると、私は少しずつ扉を開けて中へと足を踏み出した。

 突然の侵入者に女性達が弾かれたようにこちらを見たので、私は唇に人差し指を当てて静かにするように伝える。


(蛇を刺激するから大声出さないで。変に動かずにそのままで!)


 女性達が何度も頷いたのを見て、私は蛇との距離を少しずつ縮めていき、タイミングを見計らって手を伸ばしてすぐさま蛇の首元を掴む。

 すると、「うぇ!?」と間の抜けた声が扉付近から聞こえてきたが、私は気にせず持っていた袋に蛇を即座に放り込み、髪を結んでいたリボンを解き袋の口を紐で結んだ。


「ソ、ソニアさん。噛まれてない!?」

 お義理母様が慌てて近づいてくると、私の手元を確認した。


(顔面蒼白ですね。まぁ、温室育ちの義理母様には予想外だったと思うので無理もないですけど)


「大丈夫ですよ。実家にいたときに、小遣い稼ぎで捕まえていました。ジダ蛇を漬けた酒は美酒になるので、高値で売れるんです。あっ、でも真似しないで下さいね」

「誰もしないわよ! それよりなぜ、猛毒の蛇が?」

「おそらく――」

 側妃様達の嫌がらせだろうと言い掛ければ、「あらぁ」と甲高い声が届く。

 声のした扉付近へと顔を向ければ、扇子で顔を覆っている三人の女性の姿があった。

 皆、綺麗なドレスに身を纏い、後方には侍女を従えている。


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