第5話 ソニアさん、悪魔の囁きやめて!!

 私は原稿を手に取り読み進めれば、どうやら最後に発刊された物語の続きらしい。

 けれども、原稿は主人公が王宮に潜入した所で途切れている。

 書き悩んでいるのか、なんども文字を走らせては線で消しているのが窺えた。


「どうしてここに……? もしかして、屋敷の誰かがバイオレット先生なの?」

 予想にときめきは止まらない。

 まるで難しい数学を解いた時のような爽快感さえも感じる。


(お義理母様、ご存じかしら? あっ、でもこうして隠しているってことは秘密ってことよね。知らない可能性があるわ。お義理母様は純文学派みたいだから、お父様かルヴァン様が作者かも!!)


 わくわくしていると、扉が開き、「ソニアさん、課題は終わったかしら?」という声が届く。

 弾かれたように顔を向ければ、扉を開けているお義理母様と視線が交わる。

 彼女は私の手中のものを見ると、絹を裂いたような絶叫を上げた。


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「えっ……」

「どうしてそれを!?」

 青ざめたお義理母様が原稿を凝視している。

 今にも泣き出しそうに瞳を潤ませ、膝から崩れ落ちた。


 ――もしかして、覆面作家のバイオレット先生って、まさかお義理母様だったの!?


「お義理母様がバイオレット先生だったんですね。どうして教えて下さらなかったんですか」

「覆面作家だからに決まっているじゃないの! 私の正体は出版社の中でも限られた者しか知らないわよ!!」

 なるほど。だから、こうして隠していたのか。


「どうして続きを書かないんですか? 私、続きを待っているので、書いて欲しいです」

「ナイフでえぐるような質問しないで! その原稿を見てわかるようにスランプなのよ。王宮の泥沼を見た事がないから書けないの」

「いや、でも見た事がないやつも書いているじゃないですか。三巻の妖精世界の話とか……」

「それは想像出来るからかけるのよ」

「王宮も想像してみたらいいのでは?」

「やれるならやっているわ。嫁ぐ前は王宮で暮らしていたけど、平和だった。私のイメージできる王宮ってみんなゆっくりお茶を楽しんでいるの!」

 まぁ、王の妹君だもんなぁ。

 蝶よ花よと育てられたのはわかる。


 それにお義理母様の時代って泥沼だったって噂も聞かないし。

 今は昔と違って王太子殿下の王宮はかなり殺伐として泥沼化しているみたいだけど。


(……ん? ということは、今の王宮を知れば続きを書けるんじゃないの?)


「お義理母様。王宮泥沼を実際に体験することは難しいかもしれません。でも、王宮泥沼の殺伐とした空気なら体験することが出来ますよ。それ、体験したら続き書けるようになりますか?」

 十年ぶりに新刊が出る可能性があるならば、私は一読者としてそれに望みをかけてみたい。

 おそらくギラギラと目を光らせている私を見て、お義理母様が怯む。

 まるで子ウサギのように小さく戦慄くと身を縮みこませた。


「ソ、ソニアさん……あなた何を考えて……?」

「お義理母様、城に潜入しましょう! そして、王宮の泥沼の空気を体験して続きを書いて下さい。待っている全世界の読者のために十年ぶりの新刊を発売させましょう!」

「えっ、ちょっ……」

「お忘れですか? 私、元々城で洗濯係をしていたんです。結婚したので辞めたんですが、いつでも戻っておいでって言われているんですよー。人手不足ですからね。ですから、コネはあります。洗濯係として城で働いて王宮に潜入しましょう。そして潜入取材して続き書いて下さい。読みたいので!」

「ちょっと、あなた正気?」

「安心して下さい。洗濯係には職場見学と体験ができます。ですから、1日でも問題ありません。ただ、身元保証人は必要ですけど」

「ソニアさん。貴女、何を馬鹿なことを!」

「考えてみて下さい。王宮を体験したら書けるかもしれないんですよ。今の王宮は側室達のサバイバルって噂です。ネタの宝庫ですよー。創作意欲沸くかもしれません。チャンスですよ、お義理母様。今まで書けなかったんですから、何か新しい動きをしましょう!!」

「ソニアさん、悪魔の囁きやめてー!」

 お義理母様は耳を塞いで首を左右に振り始めた。


「善はいそげって言いますので、さっそく手続きをしてきますね!」

 私は手にしていた原稿をお義理母様へ渡すと颯爽と廊下に出た。

「待って!ソニアさん! ねぇ!?」という、お義理母様の絶叫を無視して。



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