第3話 勝手に殺さないで!!

 ――この方がお義理母様?


 突然のルヴァン様のお母様の登場に対して、ルヴァン様はため息をこぼす。

 彼の表情は困惑意外の感情を感じられず。


「母上。ソニアの荷物運びがまだ終わっていないんです。すべて終わってから父上達にご挨拶をしようと思っていました」

「本当にそうなのかしら? 結婚の話も私に黙って自分で決めてしまったし。公爵家にふさわしい淑女なんてたくさんいるわ」

「俺は公爵家の人間ですが、家のために結婚を決めたわけではありません。なんどもお話したじゃないですか。ソニアも挨拶に来てくれると言ったのに、すべて体調不調で片付けて。いい加減に大人になって下さいよ」

「私は大人です。子供は貴方でしょう。私が産んだんですからね」

 お義理母様は腕を組むとルヴァン様を見上げる。


「アネモネ、やめなさい。二人とも長時間馬車に揺られて疲れているんだから」

 低い優しげな声が聞こえてきたので、私達はそちらに顔を向ける。

 すると、こちらにやって来た男性の姿が目に入る。


 少しふっくらとした輪郭と体型をしている男性は、私と視線が交わると穏やかにほほえんだ。

 目尻を下げてほほえむのがルヴァン様に似ている。

 男性は、ルヴァン様のお父様だ。


「それは私の話は疲れさせるということかしら?」

「そうは言ってないよ。中で二人を休ませてあげよう」

「母上。母上がそういう態度なら一緒に暮らせません。いい加減にして下さい」

「また二人して私を責めて!」

 義理母は眉をつり上げると声を荒げ、二人に怒り出す。

 そんな光景を見て、『猛獣』というフレーズが浮かぶ。


 まぁ、でもなんとなくわかったわ。

 公爵家に到着して数分でこの家について把握出来た。

 お父様も一緒に来るって言っていたけど、断って正解だったわね。

 お父様がこの場にいたら胃を押えていると思うし。


 私は場を静めるためにお義理母の方を見た。


「申し訳ありません。お義理母様のおっしゃるとおり、ご挨拶が先でした。荷物が少ないため、中へ運んでからご挨拶をと思っていましたが」

 私はルヴァン様が持っている鞄へと視線を向けた。

 すると、お母様が眉をひそめた。


「貴方、これしか荷物ないの? 男爵家は貧しいと聞いていたけど、これだけなんてあまりにも貧相だわ。私の嫁入りの時なんて、馬車十台で荷物を運んだのよ」

「やめなさい」

「母上」

 お義理父様とルヴァン様がお義理母様をたしなめる。


「家具類はルヴァン様と決めていましたし、ドレスもこちらで王都に合わせたものを作ることになっていましたので。私の嫁入り道具は、動きやすいワンピース、靴などの衣服です。あと、それから本ですね」

「本? あら奇遇ね。私も本が好きなの。どのような本を嗜むのかしら? グレゴリウスの作品はお読みになった?」

 お義理母様は有名な歴史家の名を言う。

 しかも、絶対に読んだことないでしょう? という表情で。


(読んだことないし、興味ないので正解!)


 私が好きで持ってきたのは、軽いファンタジーモノ。

 バイオレット先生が書く『冒険姫シリーズ』だ。


 私が十歳くらいから読み始めたもので、子供の頃に愛読していたもの。

 この作品は王都中の子供達……いや、他国の子供達も夢中で読んだだろう。


 私はお金がなかったので、途中から友人に借りたので全巻揃っていない。

 だから、数巻抜けているけど、私にとっては大切なもの。

 十五歳まで読んでいたんだけど、続きは読めていない。


 ――理由は、続きが出ないまま十年が経過したから。


(ほんと、謎なんだよね。あんなに売れていたのに、急に続刊出なくなって……)


「バイオレット先生の亡国姫の冒険シリーズです。元亡国の姫が冒険するんですよ。昔、すごく流行した本なのでお義理母様も聞いたことあると思います」

「え」

 つい数秒前まで馬鹿にしていたような表情を浮かべていたお母様の顔が硬直し始める。かと思えば、視線を彷徨わせ手を震わせ出す。


「どうかなさったのですか?」

 さっきのルヴァン様の話で仮病かな? と思っていたけど、もしかして本当に体調が悪かったのかもしれない。

 顔も真っ青になり始めているし。


「いえ、なんでもないわ……」

 と義理母様は言っているけど、めっちゃなんでもない様子ではない。

 ルヴァン様も公爵も心配しているようで、ルヴァン様は不安げな表情で見ているし、公爵様は額に手を当てている。


「ほ、本当になんでもないの。随分昔の小説だったから、月日の経過って早いと思っただけよ。ソニアさん、貴方その本が好きなの?」

「はい。お金がなくて既刊すべて揃えられていませんが……」

「それなら、アネモネに貸して貰うと良い。アネモネは全巻持っている上に、全巻を数セット持っている。なぁ、アネモネ」

 公爵様がお義理母様の肩に手を優しく置けば、お母様は「えぇ、そうね」と震えた声を出して頷く。


 お義理母様、本当に体調が悪くないのかしら?

 初対面に等しいけど、すごく調子が悪いのはわかるわ。


 大丈夫かなぁと思っていると、ルヴァン様から安堵の息が漏れた。


「ソニアと母上に良い共通点があって良かった。俺は読んだことがありませんが、流行したのは覚えている。素性がまったくわからない覆面作家で、作者が途中で死亡して未完なんだよな」

「勝手に殺さないでっ!」

 お母様がいきなり叫びだしたので、全員が目を極限まで見開く。

 全員の視線がお母様一人に突き刺さると、お母様は咳払いをして言葉を発した。


「私の記憶が正しければ、作者は亡くなってないわ。きっと書けない事情があるのでしょうね」

 あぁ、そういう事か。

 お義理母様は好きな作家に死亡説が出て怒ったのか。

 もしかして、さっきから様子がおかしいのも熱狂的なファンだからかもしれない。


 ちょっと不安な新生活だったけど、小説という共通点が出来たのでなんとかなりそうな予感がした。





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